「なんか言えよ。死んでんの?」
「……でない」
「は? 聞こえない。ていうか、さっきの友達? お前と友達なんてダサすぎて終わってんね」

 もしここにハルがいたら。なんて言う?
 文化祭での事件の時、ハルは、なんて言っていた?
 ……そうだ。一点の曇りもない目で、真っ直ぐに言い放ったんだ。
 
 “俺は自分の信じてるものを傷つけるやつは許さない”って。 
 
 ズタズタになっていく心の中に、いつか聞いたあの日の言葉が不思議と蘇ってきた。
 ハルのように、自分の心を自分のものにできたなら、大切な人を守れたのかな。

「ちょっと、冬香どうしたの、遅すぎ……」
 背後からムトーの声が聞こえて、私は思わず更に硬直してしまった。
 駄目だよ。来ないでムトー。また、ムトーまで傷つけられちゃう。
「え……? あんた福崎……?」
 私の目の前にいる人物を見て、ムトーはその場に立ち止まった。
 そんなムトーを見ても、誰か分からなかったのか、福崎さんは暫し訝し気な表情をしていた。
「なに。あんた誰?」
「……冬香。行くよ。もう買い物終わるから」
「あ、待って、分かった。持田冬香の唯一の友達なんて、あのデブスしかいないじゃん。ねぇ、詩織」
 詩織、と呼ばれたムトーは、私の肩に手をかけたまま立ち止まってしまった。
「ウケる、相当ダイエットしたね? うわ、化粧濃すぎてやば。コンプレックス丸出しで痛すぎ。あの時の私の言葉にそんなに傷ついちゃった?」
 福崎さんの言葉に、ムトーの手がわずかに震えていることに気づき、自分でも信じられないくらい反射的に福崎さんを突き飛ばしていた。


 変わっていない自分への怒りとか、ムトーの震えを感じ取った瞬間一気にどうでもよくなった。

「撤回して!」
「はは、急にキレるとかやば」
「今すぐ撤回して! 許さない。ムトーを傷つけることは、絶対に許さない」
 急に大声を上げた私に、福崎さんは一瞬体をびくつかせたように見えたが、すぐに私を嘲笑した。
 それでも私は、バカみたいに福崎さんに詰め寄った。
 そんな私の服を引っ張って、ムトーは私の行動を止めようとしてくる。

「いいから冬香、私大丈夫だから!」
「私が大丈夫じゃないの!」

 もう、あの時みたいなことは二度としたくない。
 自分の心を押し殺してまで、大切な人が傷つけられていくのを見てるだけなんて耐えられない。
 
 ――私の心は、私のもだ。
 ねぇ、そうでしょう、ハル。
 ハルがあの時くれた言葉の意味が、今痛いほど分かるよ。
 
 自分のものさしでしか計れていない正義とか、言わないことが正解の真実とか、この世の中にはきっと沢山沢山あるよ。

 でもね、私、分からなくなっちゃったときは、自分の心を信じたい。
 世界規模での幸せを叶えることはきっとできないから、せめて自分の大切な人を守りたい。
 
 だって、私の世界を作っているのは私じゃなくて、私の周りにいる人だから。
 だからそれを壊すような人たちを、私は許せないよ。
 
 ハル、あの時君は、こんな気持ちだったんだよね。
 多分きっと、想像以上に、ハルの世界に私は存在していたんだよね。

「許さない、絶対、許さない……っ」
「冬香、もういいから……!」
 気づくと、私は福崎さんの胸倉に掴みかかろうとしていた。
 そんな私をムトーは後ろから羽交い絞めにして、必死に止めている。
 私は怒りながらなぜか感情的な涙を流してしまっていた。
 これほどに自分の感情を爆発させたのは初めてだった。
 過去のこと含め、積もり積もった怒りや、あの時の自分へのやるせなさが爆発してしまった。
 福崎さんは暫し何も抵抗しなかったが、冷静になって私への怒りが湧いてきたのか、私の胸倉を思い切り掴んだ。
「お前本気でウザいわ」
 振りかざした拳が顔面に向かってくるのを覚悟し、私はぎゅっと強く目を閉じた。
 ……しかし、強い痛みが走ることはなかった。
「おい、何この柄悪い女? 冬香の知り合いか?」
 目の前には、福崎さんの腕を掴んで怖い顔をしている東堂がいた。