「そういえば、ハルと再会したよ。元気そうだった」
『………え? 今なんて言ったの?』
 私の言葉に明らかに声色を変える母親を疑問に思いながら、私はもう一度言い直した。
「だから、幼馴染だったハルと再会し……」
『ハル君と会っちゃったの⁉︎』
「え……?」
 電話越しでも分かる。母親は今、激しく血相を変えている。
 なぜそんな大袈裟な反応をするのか。しかも、まるでハルと再び会うことを恐れていたかのように言うのか。私には全く分からなくて、一瞬言葉を失った。
「……なに? なんでそんな必死になってんの? 怖いよ」
『どこで会ったの? どうして?』
「どこでって……大学が一緒で」
『大学が……。そう、そうなの……』
「何? なんでそんな動揺してるの? ハルとは昔から仲良しだったじゃん」
『お願い冬香、もうハル君とは関わらないであげて』
「何それ。どういうこと?」
 何を問いかけても、激しく動揺した母親は、ハルと関わらないでとお願いするばかりだ。
 
 なんでそんなことを言ってくるの?
 お母さんは、何かハルの秘密を知ってるの?

「お母さん、ハルは一体……」

 真意に迫ろうとしたその時、目の前に信じられない光景が広がっていた。
 私は、自分と同じように目を丸くして目の前に立っている人物を見つめたまま、スマホをコンクリートに落とした。
 お母さんが言いかけた言葉などどこかに吹き飛ぶほどの衝撃だった。
 冬の冷たい空気が私たち二人の間を通り過ぎ、同じ方向に髪の毛を揺らす。

「あんた、もしかして持田冬香……?」
 
 どくんどくん、と鼓動が強く波打って、足元をふらつかせていく。
 上も下も分からないくらい、ショックで景色が歪んで見える。
 目の前にいるのは、間違いなく、中学時代の私を攻撃してきたあの福崎さんだった。
 額と手にじっとり汗がうかび、表情をたちまち凍り付かせていく。
 『自分の考え信じ切ってるところまじでウザいんだよ』というあの言葉が、本音を言う怖さを植え付けたあの言葉が、言われた時と同じショックの大きさで浮かんでくる。
  
 自分を傷つけた言葉たちが、どうしても、何をしても、忘れられない。

「うわ、まじ? 何、こっち帰ってきたの?」
 福崎さんはあの頃よりずっと派手な恰好で、開き直ったように自分の好きな恰好をしていた。
 あの頃、彼女の家は非常に教育熱心で、髪色だけは黒のままだったから。
 一歩一歩近づいてくる彼女から逃げることもできずに立ち尽くしていると、いつの間にか強く腕を掴まれていた。
「聞いたよ。良い大学行ってんだって? 良かったねぇ、中学の時と違う環境に行けて」
「は、離して……」
「お前の幼馴染が警察に通報したり、教育委員会にチクってくれたおかげで、親の期待から一気に解放されたよ。ありがとうね?」
 針のような言葉が、心臓を貫いていく。まるで暗示をかけるように、福崎さんは私のコンプレックスを抉ってくる。
 聞きたくない。逃げたい。聞きたくない。助けて。
 何度も心の中で叫ぶけれど、気持ちが言葉にならない。

「でも言っとくけど、お前はまた同じこと繰り返すよ。空気読めない発言して、自分の的外れな意見言って、周りのやつらに引かれて終わってくよ? 中学の時お前のこと好きだった奴なんか一人もいねぇから」
 血が止まるんじゃないかと思うほど強い力で、腕がきつく絞られていく。
 恐怖で、痛いという言葉すら出ない。
 
 私はまだ、この過去に言葉を奪われているのか。
 悔しくて悔しくて悔しくて仕方ない。下唇を噛み締めて震える自分は、あの頃と全く変わっていない。
 この先もこんな過去に怯えながら生きていかなきゃならないのだろうか。