「……じゃあ、一先ずこれでアイディアは全部出し切ったかな。二年以降は残って、話し合いで数絞っていきましょう。その他一年は夕飯の買い出しよろしく」
 幹事長の言葉に、私たち一年は部屋を後にした。
 ここから車で移動して三十分ほどの場所に、コンビニがある。私とムトーとヨージは、東堂の運転でコンビニまで下っていくことになり、私とムトーは地元民ということもあり、道案内役に抜擢された。
 ハルと麻里茂はじゃんけんに勝ったので残って会場の準備をすることになった。
「東堂、安全運転でよろしくねー」
「おい、ムトーのナビ不安だから冬香もちゃんと案内しろよ」
「ちょっと東堂、どういうこと?」
 先輩から預かった部費を持って、四人乗りの車に乗り込むと、薄暗い森を静かに出発した。真っ直ぐなライトの光が木々を照らし出し、時折木の幹に乗っかり揺れながら進んでいく。
 東堂とムトーが口論しあっているのを聞きながら、私とヨージは後ろの席で苦笑いをしている。
「この辺、実家は近いの?」
 ヨージの質問に、私は静かに頷いた。
「通ってた中学校が、結構近いかな。……知り合いとかに会わないといいな」
 ぼそっと呟いた私の言葉を、ヨージは深掘りせずに「そっか」と返すだけだった。
 そいえばさっきのミーティングで、ヨージは『自分らしく』ということをテーマにしたいと言っていた。
 ヨージの家は代々医者の家系で、出版社に進もうとしているヨージはかなり親にきつく批判されているらしい。
 ヨージのそんな一面があったなんて、さっきのミーティングが無ければ知ることができなかった。
 ムトーは『仮面をして生きていく』ことを肯定する映画を撮りたいと言い、麻里茂は『八方美人』をテーマに撮ってみたいと言っていた。
 ……きっと皆、心の奥底にある何かを伝えたくて選んだテーマなんだろう。
 そういえば東堂は、『永遠』をテーマにしたいと言っていた。あまりに漠然とした案で通りそうになかったが、どうして東堂がそのテーマを希望したのか、いつか聞いてみたいと思った。
「あ、やっと抜けたね」 
 車が山を下りきって、街の明かりが点々と見えるようになった。
 私が大嫌いだった中学校が、この光の中に紛れている。
 帰省した時も絶対に通らなかった道を、車がゆっくりと進んでいく。
「あーあ、私この道大っ嫌い。反吐が出る」
 中学校へ近づいていく途中で、ムトーが吐き出すようにそう言った。
 私はその言葉に小さく頷いてしまった。どうやったって、良い記憶には書き換えられない。
 あの頃、ハルと学校帰りに映画を観る時間が、唯一の光だった。

「……着いたぞ」
「ねぇねぇ、麻里茂とハル、買いたいものがあるから車で追いかけてくるかもって」
「なんだよ、あいつ等結局会場準備が面倒なことに気づいただけだろ。とくに麻里茂」

 ムトーがスマホのメッセージを東堂に伝えたところで、丁度中学校から車で五分ほど離れた場所にあるコンビニにたどり着いた。
 よく学生がおやつを買いに来ていたコンビニだ。まさかこんな場所に再びやって来ることになるとは思ってもみなかった。
 少し暗い気持ちで車を降りたその時、上着のポケットに入れていたスマホが震えた。
 スマホの画面には『お母さん』の文字が表示されていた。
「はい、もしもしお母さん?」
『あ、冬香? もうこっちには着いたの?』
「うん。今中学の近くのコンビニにいるよ」
『そう。無事に着いたならよかった』
 あの襲われかけた事件以来、随分とか保護になってしまった母親は、私が遠出をする度に電話をかけてくる。
 東堂たちには、電話をしながら先にお店に入るようアイコンタクトをした。
 駐車場で白い息を吐きながら、母親の心配を和らげるように話を聞いていたが、そう言えば私は重要なことを伝え忘れていたことを思い出した。
 
 まさかその切り出しが、私の人生を思わぬ方向へ導いていくことになるとは思いもしなかった。