「なあ、ハルは、ここへ帰ってきて何か思い出したりしないのか?」
その質問をしてきたのはもちろん東堂で、まっすぐな瞳でハルを見つめている。皆どことなく聞くのはタブーだと思っていたことを、東堂は間髪入れずに聞いてしまった。
記憶を失くすほどショッキングな出来事がなんだったのかは知らないが、ハルの地雷はどう考えてもそこにある。
ハルは一瞬固まったが、すぐに首を横に振った。
「思い出せねぇな。……何も」
どこか遠い所を見ながらそう言ったハルの瞳は、一瞬暗くなったように見えた。
けれど、東堂は質問を止めない。
「思い出せねぇの? それとも思い出したくねぇの?」
東堂は、ハルを追い詰める訳ではなく、本当にハルの気持ちを探りたくて聞いているようだ。私が聞きたくても聞けなかったことを、東堂は一瞬で聞いてしまった。
ハルは東堂の言葉に動揺せず、まっすぐ目を合わせて答えた。
「……思い出して欲しくない、かな」
「は? それどういう意……」
東堂が思い切り眉を顰めたその時、ブーブーと大きな音を立てて、スマホが机の上で一斉に震えた。
それは、幹事長のいるバンガローへの集合を促すメッセージ受信の知らせだった。
ハルの意味深な言葉がとても気になったが、遅刻ご法度なので急いで部屋を出ることとなってしまった。
まるで、他人ごとみたいなハルの言葉が、ずっと蟠りとして胸に引っかかったまま、私はミーティングに参加することとなった。
◯
「では、ひとまず皆でざっくばらんに意見出し合いたいと思いまーす。まずは撮影のテーマから意見交換していきましょう」
そう言って、幹事長がホワイトボードにさらさらと今日決める項目を書き出していく。
因みに、昨年は「手のひらサイズの幸せ」をテーマにこの自然を活かして小人とOLのほのぼのドラマを撮影したらしい。
時計回りに順に意見を出し合っていくことになり、私はどぎまぎしながらテーマを考えていた。
自分ごとに落とし込めるテーマが一番いいけれど、普段“伝えたい”と意識していることなんて早々ない。
最近あった出来事の中で心動いたことは、間違いなくハルとの再会だ。
今隣にいるハルは、どんなことを考えているんだろう。
ちらりとハルに目配せをすると、ハルも私の方を同じタイミングで見てきたので、バチっと目が合ってしまった。
「じゃあ次、市之瀬君はどう思う?」
幹事長の言葉に反応したハルは、ゆっくり私から目を逸らして答えた。
「俺は、“記憶”をテーマにしたいです。記憶を失った主人公が地元にやってきて、幸せな時や辛い時、色んな記憶に存在した人々に再会していく話をイメージしてます」
ハルが記憶をテーマにしたことに、私やムトー達は複雑な顔をしていたと思う。
ハルが実際に願っていることを口にしているんだろうか。そう思ってしまったから。
ここは、私たちが出会い、学生時代を過ごした場所だ。ハルはここに来たことに、何か意味を感じているんだろうか。
「持田はどうだ?」
ついハルの思考を探ることに気を取られていて、自分の意見をまとめることを忘れていた。
咄嗟に私の口から出たのは、常々自分のコンプレックスであることだった。
「“心の声”をテーマにしたいです。た、例えば、声が出なくなってしまった女の子を主人公にして、心が読める男の子と出会うお話とか……」
「へぇ、脚本長くなりそうだけど、面白いね。最終的にはどう持っていくイメージ?」
「本音を読まれる中で、段々、女の子が自分の気持ちを言えるようになっていく……みたいな結末をイメージしています」
自分でもなぜこんなにスラスラ出てくるのか分からないほど、アイディアがまとまっていく。
きっとそれは、自分にかなり重ねて話すことができたからだろう。
初めて自分が撮りたい作品を口にしたから、私は自分のアイディアがどう反応されるのかかなりどぎまぎしていたが、幹事長が一言「面白いね」と言ってくれただけで鼓動が落ち着いた。
……良かった、言えた。自分が考えていたことが。
ふぅと小さく息を吐くと、隣にいたハルが小声で小さく“いいじゃん”と言ってくれた。
なんだかその笑顔が、中学生の時のハルのまんまで、胸がぎゅっと苦しくなってしまった。
やっぱり私、今のハルにももっと近づきたいよ。
だから、ハルが記憶を失ってしまった理由も教えてほしい。
ハルが隠している傷があるのなら、私もそれを一緒に分かち合いたい。昔ハルがしてくれたみたいに。