気まずい空気の中、東堂にかける言葉を必死に考えていると、再び東堂が質問してきた。
「ハルは、お前のこと思い出したのか?」
「……ううん、忘れたままだよ」
「なんで忘れたとか、理由は聞いてないわけ?」
「知りたいけど、聞けてない……」
「怖いんだ。そんなに。ハルが」
東堂の返しは、いつもこんな風に鋭くて痛い。
その通り過ぎて、何も返す言葉が見つからない。
大切過ぎて、失いたくなさ過ぎて、ハルが怖い。
だから、私の気持ちをハルに共鳴させるばかりで、ハルの気持ちを聞けていない。
本当は、聞きたいことが山ほどあるのに。
「まぁ、お前らの過去の関係とか知らねぇけど。……近づかないと、近づけないだろ」
ごく当たり前の言葉が、胸に突き刺さる。
近づかないと、近づけない。
遠くから恐る恐る見ているだけじゃ、ハルの心には触れられない。
「そうだよね……。頑張ってみる、ありがとう」
「……お前、俺の前で初めて笑ったな。いつも俺見るたびに警戒心強い犬みたいな顔してんのに」
「え! 何それ、そんな顔してないよ」
「してんだよ」
「えぇ……、そうかな」
東堂の言葉に、ほんの少しだけ背中を押されながら、私たちを乗せるバスは進んでいった。
私とハルの故郷へ、ゆっくりと確実に、近づいていった。
私とハルが過ごした思い出がたくさんある、あの故郷へ。
〇
高速道路を抜けて、バンガローが集まった山奥に辿り着いた。
毎年、この自然を活かした作品を三日で完成させる、「七十二時間撮影会」を行なっているらしい。一年生は強制参加で、二年の先輩と三年の先輩合わせて十五名ほどだ。
今回はグループに分かれず、この人数でひとつの作品を作り上げていく。
いつも慣れたメンバーで作っているので、他グループと混ざることは少し緊張する。しかも、私たちの班は前作の「アバンギャルドギャル」でかなり浮いた作品を作ってしまった。
恐らく、そんなことを気にしているのは私だけなんだろうけれど、いつもと違う環境に私は少しびびっていた。
「じゃ、皆荷物まとめて、一時間後に俺たちのバンガロー集合な」
幹事長の言葉に頷き、皆それぞれ荷物を持って自分たちのバンガローへと移動した。
施設は十メートルほどの感覚で離れて設置されており、小さな木造建築がぽつぽつと立っていた。
ハル含む私達五人は、皆同じバンガローに泊まる。
施設利用の説明を受けて、鍵を預かってから私達は部屋の中に入った。
「うわ、なんか埃くさっ」
一番に部屋に入った麻里茂が、すぐに窓を開け放って換気した。
五人泊まるのがぴったりなサイズ感の部屋は、確かに少し埃っぽく、木の匂いとまざって独特な空気にっていた。
大きな木目のある床はひんやりと冷たく、タイツを履いていても体温が奪われていく。
「え、寒すぎ。冬香スリッパ履く?」
「うん、ありがとう」
後ろにいたハルが、横に立てかけてあったスリッパを渡してくれた。
冬香なんて名前なのに、私はとてつもなく寒いのが苦手だ。同じくハルも寒いのは大の苦手で、よく映画を観る時も毛布にくるまっていた。
「ハルも冬香もイチャついてないで早く入ってくんない? 後ろ詰まってるんですけど」
寒さでイライラした様子のムトーがそう言うので、私達は慌てて奥へ進んだ。
段々と暖房が効いてくると、ようやく私達はテーブルを囲んでくつろぐことができた。
「それにしても、山梨出身がこんなにいるとはね。まあ、同じ中学出身だから当たり前だけど」
ヨージがお茶菓子のせんべいを食べながらしみじみ呟いた。麻里茂もそうだよねえ、と頷きながらパタパタと化粧をし直している。
「ねぇ冬香、山梨で美味しいお店近くにある?」
「ああ、それなら一押しのところあるよ!」
ヨージの質問から始まり、暫く山梨の名物や観光地のことで 一緒に盛り上がっていた私達だが、そんな和やかな空気の中、鋭い質問が飛んできた。
「ハルは、お前のこと思い出したのか?」
「……ううん、忘れたままだよ」
「なんで忘れたとか、理由は聞いてないわけ?」
「知りたいけど、聞けてない……」
「怖いんだ。そんなに。ハルが」
東堂の返しは、いつもこんな風に鋭くて痛い。
その通り過ぎて、何も返す言葉が見つからない。
大切過ぎて、失いたくなさ過ぎて、ハルが怖い。
だから、私の気持ちをハルに共鳴させるばかりで、ハルの気持ちを聞けていない。
本当は、聞きたいことが山ほどあるのに。
「まぁ、お前らの過去の関係とか知らねぇけど。……近づかないと、近づけないだろ」
ごく当たり前の言葉が、胸に突き刺さる。
近づかないと、近づけない。
遠くから恐る恐る見ているだけじゃ、ハルの心には触れられない。
「そうだよね……。頑張ってみる、ありがとう」
「……お前、俺の前で初めて笑ったな。いつも俺見るたびに警戒心強い犬みたいな顔してんのに」
「え! 何それ、そんな顔してないよ」
「してんだよ」
「えぇ……、そうかな」
東堂の言葉に、ほんの少しだけ背中を押されながら、私たちを乗せるバスは進んでいった。
私とハルの故郷へ、ゆっくりと確実に、近づいていった。
私とハルが過ごした思い出がたくさんある、あの故郷へ。
〇
高速道路を抜けて、バンガローが集まった山奥に辿り着いた。
毎年、この自然を活かした作品を三日で完成させる、「七十二時間撮影会」を行なっているらしい。一年生は強制参加で、二年の先輩と三年の先輩合わせて十五名ほどだ。
今回はグループに分かれず、この人数でひとつの作品を作り上げていく。
いつも慣れたメンバーで作っているので、他グループと混ざることは少し緊張する。しかも、私たちの班は前作の「アバンギャルドギャル」でかなり浮いた作品を作ってしまった。
恐らく、そんなことを気にしているのは私だけなんだろうけれど、いつもと違う環境に私は少しびびっていた。
「じゃ、皆荷物まとめて、一時間後に俺たちのバンガロー集合な」
幹事長の言葉に頷き、皆それぞれ荷物を持って自分たちのバンガローへと移動した。
施設は十メートルほどの感覚で離れて設置されており、小さな木造建築がぽつぽつと立っていた。
ハル含む私達五人は、皆同じバンガローに泊まる。
施設利用の説明を受けて、鍵を預かってから私達は部屋の中に入った。
「うわ、なんか埃くさっ」
一番に部屋に入った麻里茂が、すぐに窓を開け放って換気した。
五人泊まるのがぴったりなサイズ感の部屋は、確かに少し埃っぽく、木の匂いとまざって独特な空気にっていた。
大きな木目のある床はひんやりと冷たく、タイツを履いていても体温が奪われていく。
「え、寒すぎ。冬香スリッパ履く?」
「うん、ありがとう」
後ろにいたハルが、横に立てかけてあったスリッパを渡してくれた。
冬香なんて名前なのに、私はとてつもなく寒いのが苦手だ。同じくハルも寒いのは大の苦手で、よく映画を観る時も毛布にくるまっていた。
「ハルも冬香もイチャついてないで早く入ってくんない? 後ろ詰まってるんですけど」
寒さでイライラした様子のムトーがそう言うので、私達は慌てて奥へ進んだ。
段々と暖房が効いてくると、ようやく私達はテーブルを囲んでくつろぐことができた。
「それにしても、山梨出身がこんなにいるとはね。まあ、同じ中学出身だから当たり前だけど」
ヨージがお茶菓子のせんべいを食べながらしみじみ呟いた。麻里茂もそうだよねえ、と頷きながらパタパタと化粧をし直している。
「ねぇ冬香、山梨で美味しいお店近くにある?」
「ああ、それなら一押しのところあるよ!」
ヨージの質問から始まり、暫く山梨の名物や観光地のことで 一緒に盛り上がっていた私達だが、そんな和やかな空気の中、鋭い質問が飛んできた。