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「噂だと冬季合宿が一番辛いって聞いたけど、普通大学生の合宿なんて飲んで終わりじゃないのかなー」
バスに揺られながら、私たちは山梨県にあるキャンプ場に向かっていた。
朝の七時に新宿のバスターミナルに集合し、点呼を取ってバスに乗ってから一時間が経過した。
隣の席の麻理茂は、眠たそうに目をこすりながら、合宿のしおりを見ている。
そんな私たちに向かって、後ろにいたヨージが思い出したように問いかけた。
「あれ、そういえば冬香の出身地って山梨じゃなかったっけ」
「うん、実はそうなの。だからもし少し寄れたら実家帰ろうかなって思ってたんだけど、そんな時間なさそうだね」
ミーティング、企画だし、撮影練習、などなど、高校の部活並みにハードなスケジュール表を見て、私は苦笑した。
「ということは、ムトーとハルも山梨出身ってことか。せっかくの地元なのにかわいそうに」
そう言って、ヨージは同情したように眉を下げた。それから、私の隣の席にいる麻里茂を見ると、ふと何かをさらに思い出したのか、もうひとつ問いかけた。
「あれ、そういえば麻里茂も山梨出身だっけ……?」
「え、麻里茂そうなの?」
思わず驚きの声を上げると、麻里茂はなぜか少しだけ気まずそうに、うんと頷いた。
「でもちょっとしかいなかったよ! すぐ引越したし。ごめん寝たいから寝るね」
地元の話はあまり好きではないのだろうか。麻里茂は珍しく話題を明らかに逸らして、目を閉じた。
地元の話があまり好きではないのは私も同じだから、それ以上追求はしなかった。
ヨージもそれ以上追求せずに、この話は終わってしまった。
……なんだかんだ撮影されることを楽しんでいるムトーはサークルに所属し続け、ハルもちゃんと活動日は参加し、今日も合宿にちゃんと来ている。
多くの人は嫌がっていたが、このメンバーで夜通しで作品づくりをすることに、私は少しワクワクしていた。
ちらっと通路を挟んだ反対側の窓際の席にいるハルを覗くと、ハルはすやすやと気持ちよさそうに眠っている。
その隣にいる東堂はずっとスマホアプリに夢中になっている様子だ。
そんな東堂の様子を見て、さっきからずっと寝心地悪そうにしていた麻里茂が話しかけた。
「ねぇちょっと東堂、ここ暖房きつくて、肌乾燥するの嫌だから席変わってくれない?」
「は? お前の肌がかさついたところで誰も困らねぇよ」
「東堂のために美肌目指してるわけじゃないですー。ねぇお願い、ポータブル充電器貸すから」
「言ったなお前、フルで使ってもキレんなよ」
充電器と引き換えに、東堂は赤信号のタイミングで席を離れ、麻里茂と交換した。
つまり、東堂は今私の隣に座っている。
突然、普段そんなに話さない東堂が隣にやってきたので、私はなぜか少し緊張してしまった。
足元に置いていた荷物を更に端に寄せ、東堂が座るスペースを少しでも邪魔しないように配慮する。
実を言うと、このメンバーの中で一番取っ付きづらいのは東堂だ。
頼れるメンバーで信頼しているが、東堂に黙って見つめられると、何か自分の意見を言わなきゃという気持ちになるから。
隣に座られても、何も会話の糸口を見つけられないまま黙っていると、東堂が突拍子もない質問をしてきた。
「なぁ、お前とハルって、付き合ってんの?」
「え! 何それ」
あまりにも唐突な質問に動揺した私は、思わず声を上げてしまった。
すぐに口を手で覆ったが、東堂は至って真面目な顔つきで私を見ている。
「そんな訳ないじゃん。なんでそんな突然……」
「見たんだよ。お前らが抱き合ってるところ。キサラギホールの近くで」
「え……」
東堂の言葉に、私は更に顔を強張らせてしまった。
そうか、あの場面を目撃されてしまったのか。
……ハルとは、あれからレイトショーを観ることが習慣化し、週に二回は共鳴するようになっていた。
ハグは数秒の出来事だし、誰にも見られないよう注意していたはずだったけれど、まさか東堂に見られていたとは。
何も言えず固まっている私を見て、東堂は諦めたように目を逸らした。
「まぁいいけど。そうならそうと言えばいいのにって思っただけだから」
「は、ハグは理由があってしたけど……本当に、付き合ってないよ」
「理由?」
しまった。自分でどんどん墓穴を掘っている気がする。
自分のあほ正直さに思わず呆れてしまい、私は再び言葉を濁した。
「は、ハルが落ち込んでたから、慰めてあげようと思って……」
「……あっそう、ふーん」
疑いの眼差しのまま、東堂はそう返事をした。
恐らく私がそんな積極的なことをするタイプじゃないと思っていて、疑っているんだろう。
暫し見つめ合ったまま沈黙が流れると、東堂はまたふいと目を逸らしてぼそっと呟いた。
「じゃあ俺も落ち込も」
「……え? 何に?」
「知らねぇよ」
東堂の言葉はいつも何かが足らないから、読み取ることが難しい。
そして、難しいという顔をすると、東堂はさらに不機嫌になるからますます緊張してしまう。
「噂だと冬季合宿が一番辛いって聞いたけど、普通大学生の合宿なんて飲んで終わりじゃないのかなー」
バスに揺られながら、私たちは山梨県にあるキャンプ場に向かっていた。
朝の七時に新宿のバスターミナルに集合し、点呼を取ってバスに乗ってから一時間が経過した。
隣の席の麻理茂は、眠たそうに目をこすりながら、合宿のしおりを見ている。
そんな私たちに向かって、後ろにいたヨージが思い出したように問いかけた。
「あれ、そういえば冬香の出身地って山梨じゃなかったっけ」
「うん、実はそうなの。だからもし少し寄れたら実家帰ろうかなって思ってたんだけど、そんな時間なさそうだね」
ミーティング、企画だし、撮影練習、などなど、高校の部活並みにハードなスケジュール表を見て、私は苦笑した。
「ということは、ムトーとハルも山梨出身ってことか。せっかくの地元なのにかわいそうに」
そう言って、ヨージは同情したように眉を下げた。それから、私の隣の席にいる麻里茂を見ると、ふと何かをさらに思い出したのか、もうひとつ問いかけた。
「あれ、そういえば麻里茂も山梨出身だっけ……?」
「え、麻里茂そうなの?」
思わず驚きの声を上げると、麻里茂はなぜか少しだけ気まずそうに、うんと頷いた。
「でもちょっとしかいなかったよ! すぐ引越したし。ごめん寝たいから寝るね」
地元の話はあまり好きではないのだろうか。麻里茂は珍しく話題を明らかに逸らして、目を閉じた。
地元の話があまり好きではないのは私も同じだから、それ以上追求はしなかった。
ヨージもそれ以上追求せずに、この話は終わってしまった。
……なんだかんだ撮影されることを楽しんでいるムトーはサークルに所属し続け、ハルもちゃんと活動日は参加し、今日も合宿にちゃんと来ている。
多くの人は嫌がっていたが、このメンバーで夜通しで作品づくりをすることに、私は少しワクワクしていた。
ちらっと通路を挟んだ反対側の窓際の席にいるハルを覗くと、ハルはすやすやと気持ちよさそうに眠っている。
その隣にいる東堂はずっとスマホアプリに夢中になっている様子だ。
そんな東堂の様子を見て、さっきからずっと寝心地悪そうにしていた麻里茂が話しかけた。
「ねぇちょっと東堂、ここ暖房きつくて、肌乾燥するの嫌だから席変わってくれない?」
「は? お前の肌がかさついたところで誰も困らねぇよ」
「東堂のために美肌目指してるわけじゃないですー。ねぇお願い、ポータブル充電器貸すから」
「言ったなお前、フルで使ってもキレんなよ」
充電器と引き換えに、東堂は赤信号のタイミングで席を離れ、麻里茂と交換した。
つまり、東堂は今私の隣に座っている。
突然、普段そんなに話さない東堂が隣にやってきたので、私はなぜか少し緊張してしまった。
足元に置いていた荷物を更に端に寄せ、東堂が座るスペースを少しでも邪魔しないように配慮する。
実を言うと、このメンバーの中で一番取っ付きづらいのは東堂だ。
頼れるメンバーで信頼しているが、東堂に黙って見つめられると、何か自分の意見を言わなきゃという気持ちになるから。
隣に座られても、何も会話の糸口を見つけられないまま黙っていると、東堂が突拍子もない質問をしてきた。
「なぁ、お前とハルって、付き合ってんの?」
「え! 何それ」
あまりにも唐突な質問に動揺した私は、思わず声を上げてしまった。
すぐに口を手で覆ったが、東堂は至って真面目な顔つきで私を見ている。
「そんな訳ないじゃん。なんでそんな突然……」
「見たんだよ。お前らが抱き合ってるところ。キサラギホールの近くで」
「え……」
東堂の言葉に、私は更に顔を強張らせてしまった。
そうか、あの場面を目撃されてしまったのか。
……ハルとは、あれからレイトショーを観ることが習慣化し、週に二回は共鳴するようになっていた。
ハグは数秒の出来事だし、誰にも見られないよう注意していたはずだったけれど、まさか東堂に見られていたとは。
何も言えず固まっている私を見て、東堂は諦めたように目を逸らした。
「まぁいいけど。そうならそうと言えばいいのにって思っただけだから」
「は、ハグは理由があってしたけど……本当に、付き合ってないよ」
「理由?」
しまった。自分でどんどん墓穴を掘っている気がする。
自分のあほ正直さに思わず呆れてしまい、私は再び言葉を濁した。
「は、ハルが落ち込んでたから、慰めてあげようと思って……」
「……あっそう、ふーん」
疑いの眼差しのまま、東堂はそう返事をした。
恐らく私がそんな積極的なことをするタイプじゃないと思っていて、疑っているんだろう。
暫し見つめ合ったまま沈黙が流れると、東堂はまたふいと目を逸らしてぼそっと呟いた。
「じゃあ俺も落ち込も」
「……え? 何に?」
「知らねぇよ」
東堂の言葉はいつも何かが足らないから、読み取ることが難しい。
そして、難しいという顔をすると、東堂はさらに不機嫌になるからますます緊張してしまう。