私が好きだったのはあの時のハルだったけれど、今のハルも何かが大きく変わったわけではない。
たまに虚無の目をする時があるのと、私との思い出がない、ということだけだ。

私はハルに、自分のことを思い出してほしいんだろうか。
あんなに最低な思い出があるというのに、どうしてこんなに心寂しい気持ちになっているんだろう。

自分の罪悪感を消すためだけに、あの日のことを心から謝罪したいから?
あの日の自分を、許してほしいから?

「ハル君! 何してんの、もうサークル慣れた?」
自分への問いかけに悶々としていると、サークルの先輩がハルに話しかけてきた。
サークル内でも一番の美人で有名な夏希さんは、弾けるような笑顔をハルに向けている。
「また変な作品撮ってんじゃん、カメラ好きなの?」
「……そうですね、覚えるほど面白いです」
「へぇ、他のも見せてよ」
夏樹さんが白いデスクに腰掛けて、無防備にハルのそばに寄ったとき、一瞬だけれどわずかにハルの顔がこわばったように見えた。
なんとなくそんな二人から遠ざかったその時、大きなカメラバッグを持った新入生の一人が夏樹さんの後ろを通った。
その時、ガタンと大きくデスクが揺れて、先輩がハルの胸へと落ちそうになった。

「きゃっ」
しかし、ハルは寸前のところで夏樹さんの体が触れるのを拒否して、思い切り両肩を掴んで距離を取った。
あまりに露骨な拒否の仕方に、夏樹さんはショックを隠しきれない表情をしていた。
「ご、ごめん……」
若干怯えた顔つきで、夏樹さんはハルに謝ったが、ハルの顔は強張ったままだ。

もしかして、抱きしめあって感情が読めてしまうことを恐れているんだろうか。
「すみません、つい反射的に……」
「な、なに、女の子アレルギーとか?」
夏樹さんは笑って気まずい空気を誤魔化しているけれど、ハルは全く表情を変えない。
何か言い訳をしなきゃとは思っているんだろうけれど、ハルはすみませんと言うだけだ。
夏樹さんはこっちこそごめんね、と笑ってその場から去っていった。
ハルは心臓付近を抑えながら、額にうっすらと汗を浮かべている。
「大丈夫……? ハル」
そんなハルに恐る恐る話しかけると、ハルは静かに首を縦に振った。
「大丈夫。慣れてる」
慣れてるって、人と触れ合わないようにすることに?
そう問いかけたかったけれど、周りには人がいる。ムトー達もハルの能力に関しては何も知らない。
「……自覚してから、ずっと避けてきた。触れ合うこと自体を」
「え、そうなの……?」
そうと知らずに私は、協力してと言われたからといって、彼のことを抱きしめてしまった。
ハルは、人の感情と共鳴し合うことを恐れているんだろうか。
「……この力を使う時は、自分の意思がある時って、決めてるんだ」
囁くような声で、ハルはそう言った。
ハルはハルなりに、能力と向き合っているんだろう。でもきっと、能力のせいで人と距離を置いて生きていかなければならないことが多かっただろう。
そんなハルを思うと、益々自分がハルにできることはなんだろうと、ぐるぐると自問が巡るばかりだ。
「何コソコソ話してんの? そろそろ私達も撮影始めよ」
「あ! ごめん、そうだね。天気も晴れてきたし!」
麻里茂の言葉に、私は慌てて頷きハルから離れた。
ノートパソコンでずっと編集をしていた東堂も立ち上がり、私とハルのそばにあった台本を取った。
「……行くぞ」
東堂はハルを一瞬見てから、静かにそう呟いて教室を出た。

入ってきたばかりなのに、ハルの存在はやっぱり大きくて、一緒に撮影をして素直に楽しいと思えた。

ハルはやっぱり、人を惹きつける才能がある。
そんなハルの過去には、記憶を失うほどのショックな出来事があって、私はそれに触れることが出来ない。

今も昔も、私は一定の距離以上、ハルに近づけないんだ。