背が伸びた。声が低くなった。鋭い目はそのままだけれど、鼻が高くなって、輪郭もあの頃みたいに丸くない。学ランの詰襟の下には大きな喉仏があって、彼が何かを話すたびにそれは上下した。
ーーハルだ。十四歳になった、ハルだ。
現状が受け入れられないまま、ハルは簡潔に自己紹介を終えてしまった。
どうして? 私立中学に言ったはずじゃなかったの? なぜ今、こっちに戻って来たの?
聞きたいことは沢山あるけれど、ハルはもしかしたら私のことを覚えていないかもしれない。
滔々と話し終えた彼のことを、茫然として見つめていると、またバチッと目が合ってしまった。
私は思わず口を開き掛けたが、すぐに目を逸らしてしまった。
「市之瀬君、面白い自己紹介ありがとう。席は末永君の隣ね」
「分かりました」
見られたくない、知られたくない。こんな、孤立した私のことを知ったら、ハルはどう思うだろうか。
それから、もしハルが私なんかと幼馴染だと知られたら、彼まで無視されてしまうのではないだろうか。
ぐるぐると、暗い気持ちばかりが胸の中で蠢いていく。
ハルが荷物を持って、自分の席に着こうとした時、担任が思い出したように私のことを見つめて言い放った。
「あ、そうだ、市之瀬君と、持田さんは家がご近所の幼馴染だったのよね。市之瀬君から聞いたわ。再会できて良かったわね」
やめて、と思うよりも先に、皆の視線が私に降り注いだ。私は、自分の顔面に熱が集まっていくのを感じて、思わず俯いた。
指先に力が入り、スカートにいくつものしわを作っていく。やめて。そんなこと話さないで。
ハルに、今の私を知られたくない。恥ずかしい。恥ずかしい、恥ずかしい、恥ずかしい。
“今”の私は、とても恥ずかしいから。

「そうです。再会できて、嬉しいです」
一斉に私に集まった視線を遮るように、ハルの声が教室に響いた。低くて、凛としていて、真っ直ぐな声だった。
覚えていたんだ。ハルは、私のことをちゃんと覚えていたんだ。
私も、会えて嬉しい。そんなこと、今言い返せるはずもない。
タイミングを見計らったかのように、チャイムが鳴り響く。私は、ハルのことを見れないまま、しわになったスカートを見つめていた。

ハルとの衝撃的な再会の翌日から、信じられないことが起こった。
「ねえ持田さん、市之瀬君って昔からあんな感じだったの?」
前の席の女の子に、突然声をかけられた。私は初めて、堀田さんの顔を真正面からちゃんと見た。
驚き固まっていると、周りの女の子達も私に群がって来た。
「あ、ごめん、突然話しかけてびっくりしたよね。私前から持田さんに話しかけたかったんだけど、共通の話題見つからなくて話しかけられなかったんだ。市之瀬君とのこときっかけにお話しできるかなって思ってつい話しかけちゃった」
屈託のない笑顔で、堀田さんは私に笑いかける。彼女は福崎さんと仲が良かったので、私に話しかけるなんてありえないと思っていた。
「あ、うん、ハルとは幼馴染で……」
「ハルって呼んでるんだ! いいな、真似しちゃおう」
周りの女の子達も、なぜか私のことを羨ましがっていた。その反応を見るからに、ハルはクラス中の人から好印象だったということが分かる。そんな彼と幼馴染だったというだけで、無視され続けていた日々はいとも簡単に終わりを告げた。
呆気なさすぎて、声も出なかった。驚いた。こんな日々が帰ってくるなんて、思いもしなかった。
今目の前には、にこにこと優しい笑顔を向けるクラスメイトがいる。
昨日まで、堀田さんが落とした消しゴムを拾っても、ありがとうの一つも返ってこなかったのに。
きっと、彼女は、私を無視していた意識はなかったんだろう。皆がそうだから、なんとなく無視していたんだろう。
何も後ろめたさもないから、今こうして普通に話しかけてこれるんだ。
……反吐がでる。そう思った。でもそれ以上に、久々に家族以外の誰かの視界に入ったことが嬉しかった。
手が震えてる。情けない。こんな反吐でも嬉しいなんて、情けない。私は震える手をバレないように机の下に隠した。
怒りより嬉しさが増してしまったこの瞬間、自分は全く孤独が得意ではなかったのだと知った。
この一年間が、本当に自分にとって辛いものだったのだと、気づいてしまった。
「ねえねえ市之瀬君ってさ、メッセージアプリとかやってるかな。あと、部活何入るか知ってる?」
「やってない。バスケ部に入るよ」
突然頭上に低い声が降ってきた。見上げるとそこには、少し長めの前髪を横に流して、随分と大人っぽくなったハルがいた。