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……心は、心臓にあると思う?
ハルがいつか問いかけたこと。
私はあの時、ちゃんと答えられなかったけれど、なんとなく心は自分の心臓にある気がするよ。
ハルが私を抱きしめる度に、なぜか心の在りかを実感できたから。
「ハル、なんでそんなに機械強いの?」
見る見るうちにカメラの操作を覚えていくハルを見て、麻里茂が驚きと嫉妬混じりの声を上げた。
ハルがサークルに本格的に入会してから一月しか経っていないが、ミキサーもディレクターもカメラも、どれに入るかいまいち決め手に欠けるので全て体感してみたいと言ったハルは、見る見るうちに全ての作業を覚えていった。
教える気も失せるほどのスピードで覚えていくので、麻里茂はつまらなさそうにハルを見ていた。
「可愛げがなーい! 高校時代にカメラも触ったことないくせに。手ブレしなさ過ぎ、パン上手すぎ!」
「麻里茂の教え方が上手いからだよ」
「心の広い発言するな! 余計惨めになる」
こういう器用なところは昔から変わっていない。麻里茂はつまらなさそうにしているけれど、ハルが徐々にこの班に馴染んでくれているようで安心した。
「ハルって昔からこんなに器用だったの?」
ヨージの問いかけに、私は苦笑気味に頷いた。
「本当に良かったね。……どんな形であれ再会できて」
「うん。そうだね、ありがとう」
現在進行形の日常に、ハルがいる。その現実がまだ夢の様に思えて、私は皆の顔を見渡した。
麻里茂は相変わらずハルに絡んでいるし、ムトーはスマホで自撮りをすることに夢中で、東堂は昨日撮ったCM風のミニ作品を編集することに集中している。
信じられないほど穏やかな日常に、ずっとずっと会いたかった人がいる。その光景をぼうっと見つめていると、ハルが話しかけて来た。
「冬香、今日撮ったムトーの動画観てよ。タイトルは自撮り」
「タイトルそのままじゃん。しかもほぼ静止画じゃんこれ」
「自分の納得いく顔を調整し続けるムトーを、色んな技法で撮ってみた」
「あはは、バレたら怒られるよこれ」
運よくムトーは電話を始めたので聞かれなかったが、無邪気なハルの発言に少しひやりとした。
ムトーとハルは話したことはないが、かつてクラスメイトだった。そのことを話したが、中学の時の記憶はほぼ抜け落ちているようで、もちろん福崎さんとの事件も覚えていなかった。
カメラの映像を観せながら、今隣にいるハルは、あの頃のハルとは違うんだってこと、たまに忘れてしまいそうになる。
私とハルの関係は、今ゼロ値なんだってこと、ちゃんと頭では理解しているつもりなのに、懐かしさでふと感情が溢れ出してしまいそうにる。
「……ハル、結局担当は何にするの? カメラ?」
ぐっと気持ちを堪えて問いかけると、ハルはどこか遠くを見つめて、うーんと唸り声をあげた。
「……まずは、冬香と同じカメラかな。いずれは、脚本書いてみたい」
「え、そうなんだ!」
「おい、何意外そうな顔してんだよ」
だって、ハルが物語を書いてみたいと思っているなんて、想像もしていなかった。なんだかハルのイメージと違って、思わず声を上げてしまった私の背中を、ハルはバシッと叩いた。
「今は空っぽだから何も書けない。だから冬香が教えて。色んな感情」
「う、うん……」
と言っても、しょっ中ハグなんかしてたらおかしな目で見られてしまうし、具体的にどんな時に共鳴したいと思うんだろう。
一先ず、今日はムトーが働いている映画館で映画を観て、その後に共鳴してみようか、ということになった。
ハルは私とハグをすることなんか、なんでもないんだろうけど、今日のことを考えるとどうしてもドキドキしてしまう。