学生会館にある簡素な部室に、これからクラブにでも行くのかと思うほど派手な格好をした女性が現れた。
それは、一度は入部を断ったムトーだった。
期間限定の入部で、しかも機材運びなどは一切手伝わないという条件付きで、私たちの撮影班に参加してもらうこととなった。
ハルが現れるまでの間、「自分で蒔いた種だし、仕方ないから参加してあげる」とのことだったが、元々撮られることが好きなムトーは結構乗り気に見えた。

「いい役者見つけてきたなー。羨ましいよ」
幹事長はなぜかムトーを初見から気に入ってくれており、色んなわがままを通してくれた。どうやら幹事長と同じ学科らしく、彼女の存在はやはりその中では目立っていたらしい。
「じゃ、今日から本格的によろしくね。えっと、ヨージに麻里茂に東堂」
「よろしくね、話はもっちーからよく聞いてるよ」
端から指をさして名前を読み上げた彼女は、私の横の席に荷物を置いて座った。
麻里茂は最初彼女の入部に戸惑っていた様子だが、事情を話すとすぐに受け入れてくれた。ヨージは文化的な意味でギャル好きらしく、とても歓迎してくれ、東堂は役者は必要だと意外にもすんなり受け入れてくれた。

「まさか噂のハルがこの大学に本当にいるとはね。なんかまるで漫画みたいな再会じゃない?」
麻里茂がキラキラした瞳で私に問いかけてきたが、私は苦笑まじりに首を横に振った。
秋入学の人の為の新歓および説明会は三週間ほど設けられている。その間にハルが来てくれればいいけれど……。
日々新入生が訪問して来るたびに、心臓がどきりと大きく跳ね上がる。 今日も扉が開くたびに、肩をビクつかせてしまった。

「お前、そんなんで会った時会話できんのかよ」
「で、できないかも」
東堂の呆れたような言葉に、情けなく俯くと、麻里茂が私の肩を急に掴んで、東堂の目の前に押し出した。
「ほら、東堂をハルだと思って、なんて伝えたいか練習してみな!」
「え! 今すぐやるの?」
「そうだよ、ハルに会った時緊張で頭真っ白になっちゃったらどうすんの?」
麻里茂の無茶ぶりに、東堂は嫌がるかと思ったが、意外にも何も言わずにじっと待ってくれている。
確かに、急に再開した時の為に、伝えたいことは練習しておいた方がいいかもしれない。ぐるぐると頭の中で言葉を考えていると、ムトーにバシッと背中を叩かれ、更に叱咤された。
「伝えたいことあるんでしょ。ハルと会うためだけに、死にものぐるいで勉強してたじゃん」
ムトーの言葉に背中を押され、私はじっと東堂を見つめ返す。東堂は微動だにせず、私の言葉を真剣に待ってくれている。目の前にいるのはハルなんだと思い込んで、私は乾いた口を開いた。

「あのね、私、あの時のことーー……」
そこまで言いかけた時、背中越しにドアが開くことが聞こえた。入ってきたのはただの部員かもしれないのに、なぜか血が巡っていく様子が分かるほど大きく鼓動が脈打った。
ドアが開いた瞬間言葉に詰まった様子の私を見て、ムトーがふと扉の方に目を向けた。
「……あ、ねぇ、冬香!」
嬉々とした表情で、ムトーが私の服の裾を掴んだ。その顔を見ただけで、今後ろに誰がやって来たのかが分かる。
ムトーの興奮具合を見て、ヨージや麻里茂、それから東堂も全てを察したようだ。

……どうしよう、怖くて振り向けない。

この期に及んで、ハルと再び向き合うことが怖くて手が震えてきてしまった。
ずっとずっとずっと会いたかった人なのにどうして?
そんな私の様子を見て、何かを悟った麻里茂が、私の顔を覗き込んで大丈夫? と心配してくれた。
私は静かに後ろを振り向き、彼と向き合う決心をした。