ハルにも観せたかった。
ううん、ハルと観たかった。

そんなことをぼんやり思いながら、私は映画の世界に没頭していった。
何度も観た映画なのに、観る度に感じ方が変わってくる。ハルはどうしてこの映画が一番好きだったのか、そういえば理由を聞いたことがなかったな。

いつも泣いてしまう船上でのラストシーンを見届け、エンドロールも最後まで観てから私は席を立った。
強化月間なんて言いながらも、ストーリーがいい映画はつい勉強目的を忘れて魅入ってしまうな。
今回も普通に映画を楽しんでしまっただけの自分を反省しながらスクリーンを後にすると、受付から血相を変えた様子のムトーが近づいてきた。

「え! 何、どうしたのムト」
「ハルがいたの! 市之瀬春人が!」
「え……?」
「いたの! さっきまで! この映画館に!」
私の肩を力強く掴みながらそう言うムトーの目は、興奮で瞳孔が開いていた。
私は、あまりの勢いに言葉をすぐに飲み込むことが出来ず、口を開けたまま間抜け顔をしてしまった。

ハルがいた……?
しかも、私と同じ映画を観ていた……?

「嘘だ……そんなこと」
思わず口から零れ落ちた言葉を遮って、ムトーは話を続ける。
「エンドロール終わる前に帰っちゃったから、もう追いかけてもいないかもだけど、絶対にハルだった」
「でも、ムトーはハルと話したことないのに、どうして」
「学生証見たの。あいつ、私達と同じ大学だよ! 秋入学で入ってきたみたい!」

嘘だ。嘘だ、嘘だ、嘘だ。
こんな奇跡、起きるわけがない。あまりの衝撃に、私は完全に言葉を失った。
ハルが私と同じ大学にいる。ということは、探せばもう一度会えるかもしれないということ……?
どくんどくんと心臓が大きく跳ねて、信じられないという気持ちと、嬉しい気持ちと、なぜか少しの不安な気持ちが入り混じっていた。

再会しても、拒否されたらどうしよう。
どんな風に謝ったら許してもらえるんだろう。

こんな時まで、私は自分のことばかりだ。そのことを恥ずかしく思いながらも、やはりハルに会いたいと言う長年の気持ちは大きくなるばかりだった。
でも、生徒数は五万人近くいる大きな大学だ。偶然講義が重なるなどしないと、見つけ出すのは難しい。

「で、私、思わず嘘ついちゃったの」
「え、嘘って?」
ムトーが気まずそうに目をそらすので、静かに問いかけると、言いづらそうに彼女は口を開いた。
「私も同じ大学なんです、映画好きなら、私の入ってる映画サークルオレンジに是非来てくださいって……言っちゃった」
「え!? そ、そしたらなんて言ってたの?」
「見学に行ってみるって、社交辞令かもしんないけど、そう言ってた」
「嘘……。ありがとう……、ムトー機転利きすぎ」
「でも来てくれると限らないし、そもそも私入ってないからね」
ムトーの頭の回転の速さに、私は感謝の気持ちで思わず言葉を詰まらせた。
もしかしたら、秋の新歓に来てくれるかもしれない。そう願うしかない。
いや、もし来てくれなくても、絶対に探してみせる。

だって、私は謝りたいことがある。
ハルと向き合いたいという強い気持ちは、この四年間一度もぶれたりしなかった。

「ハル、元気そうだった……?」
「うん、あんまり変わってない感じだったよ。でも少し、毒気が抜けたような感じしたかな……」
「はは、そっか。ならよかった……」

ハルにもう一度会うことができるの?
信じられないという気持ちのまま、私は受付のカウンターに手をつき、ふらつく体を支えた。