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数回の新歓飲みを経て、私達四人は正式に映画サークル「オレンジ」に入った。
他の映画サークルにも参加してハルのことを探してみたが、結局ハルは見つからないまま終わってしまった。
そうしてあっという間に春が終わり、夏から本格的な撮影補助がスタートした。
映画は観る専門で、本格的なカメラには触れたことのなかった私は、初歩中の初歩からスタートした。
三脚の立て方、ドリの使い方、レフ板の補助の仕方、ホワイトの合わせ方、パンの仕方、それからケーブルの八の字巻き。
全部メモ帳に書き溜めて、分からないところは何度も質問した。まさかこんなに本格的なサークルだとは思っていなかったので、そのギャップで数人辞めてしまう子も現れた。
普段クーラーの効いた部屋で観ていた映画を撮るには、こんなに沢山の技術と体力がいるんだ。
そんな衝撃を受けながら、私は今日も部室へと足を運んでいた。
「あ、もっちー、おはよ! 焼けたね」
ドアを開けた瞬間、麻里茂がカメラ越しに私を見ながら挨拶をした。
サークルはいくつかの班に分かれていて、役割も四つに分類されていた。
私とヨージはカメラ班、東堂は編集及びディレクター班、麻里茂は録音班。中でも東堂の編集技術は素晴らしく、新人とは思えない知識でショートムービーを作成していた。
そんな矢先、新入生だけで一作品作るという課題が与えられた。今日はその第三回目のミーティングで、制作班は私達四人で組むことになった。
ホワイトボードに書かれたテーマは、「アバンギャルド」で、この共通テーマで作品作りをしていく。ヨージと東堂もホワイトボードの前で難しい顔をしている。
「昨日挙げた、アバンギャルド×ギャルで、コメディギャル映画撮るのとかどう? かなり画的には派手になると思うけど」
「ヨージたまにぶっ飛んだこと言うよね。でも麻里茂意外とそのギャル絡ませるの楽しそうでいいと思う! 東堂は?」
「脚本次第では面白くなるんじゃない。キャストはどうすんの? 昨日もここで行き詰まったけど」
東堂の言葉に、皆考え込んでしまった。ギャルの友達なんか身近にいないし、そもそも友達自体が少ない。
今こうして、当たり前のように私の名前を呼んで仲間に入れてくれる皆の存在に、ふと胸がいっぱいになってしまうほどだ。
自分に中のギャルを想像していると、ふと詩織の顔が頭の中に浮かんだ。
そういえば、同じくW大学に受かった詩織は、どこかサークルに入ったのだろうか。入学してから一度だけランチをしたけれど、その時はまだ決まっていないと言っていた。
高校時代の彼女は、中学の時と打って変わって派手な容姿になり、自分の顔の原型が分からなくなるくらい厚化粧をしていた。
ギャルという言葉を聞くと、すぐに詩織のことが思い出される。彼女が演技に興味があるとはあまり思えないけれど、声をかけてみてもいいだろうか。
「一人友達にギャルがいる。同じ大学の、詩織っていう子。声かけてみようか?」
「本当に!? もっちーに派手系の友達いるなんて意外」
「いや、私もまさかこの子がこんな容姿になるとは……」
「是非声かけてみて! なんならサークル勧誘してきて」
麻里茂が勢いよく私の手を握り、そう懇願してきた。あまりにスパルタ活動なので、女の子のメンバーが次々に辞めてしまい深刻な人手不足だったのだ。詩織は機械系に得意なイメージは全くないけれど、演技枠として入ってもらえたら凄く嬉しい。
私は早速詩織とのメッセージを立ち上げて、一週間後にランチを誘った。
壁に大きな犬の絵画が飾られているカフェで、私達は待ち合わせた。
ダイエット中の詩織はグルテンフリーにこだわっていて、ここでしかランチを食べないらしい。小学生の頃のアルバムと見比べると、詩織は本当に別人のように美しくなった。
「あ、詩織、こっち」
「ごめん、少し待たせた」
入り口で店内を見渡していた詩織に向かって大きく手を振ると、スタイル抜群の詩織がこちらへ向かってきた。
目の前に座った彼女はいつも通りのメニューをすぐ頼み、持参した常温の水を口にする。
詩織は福崎さんとのあの事件があったから、ここまで綺麗になれたんだと言い切っている。トラウマをそんな風に割り切って自分の糧にしている彼女はとても強く美しいと、心の底から思う。
派手なつけまつげは寸分の狂いもなくぴったりとまぶたに密着し、彼女のアイラインを強調している。金髪に近いロングヘアが胸元にかけて美しく流れているのに思わず見惚れていると、茶色のカラコンが入った大きな瞳がこちらを向いた。
「で、話って何?」
ほとんどサラダだけのビーガンプレートを頬張りながら、真顔で詩織が問いかける。私は鞄から仮の台本を取り出して、机の上にそっと置いた。
「あのね、今、ギャルを主人公にした映画を撮ろうと思ってて、詩織に出」
「待って。詩織って呼ばないで。高校からムトーって呼ばせるって決めたの」
「あ、ごめん……ムトー」
ぴしゃりと会話を止められてしまったが、ムトーと呼び直すと、それで? と話を続けさせてくれた。
「それでね、その映画にムトー出てくれないかなあ、なんて」
そこまで言い切ると、ムトーは真顔で黙り込んだ。私もムトーの反応を待つ形で同じ様に黙り込んだ。何か考えるような表情で、ムトーは綺麗なネイルが施された指を顎に添える。
「実はさ、最近読モやってるんだよね」
「え! そうなの!?」
「前は人前に立つことが大嫌いだったけど、今は人に見られることが自信に変わってる気がするの」
「うん……」
「信じられないよね、あんな地味ブスだった私がさ」