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春が来て、冬が来て、春が来て、を三回繰り返しただけで、私は大学生になってしまった。
高校時代は、中学とは打って変わって、毎日勉強しかしていなかった。
土日は家で映画を観て、極たまに詩織と一緒にお茶をした。
けれど、私の高校三年間は、ハルへの罪悪感と、ハルがいないことの喪失感とで、ずっとトンネルの中に潜っているかのような日々だった。
だから、せめて何処か違う場所へ進める下準備はしておこうと、勉強だけは必死になってした。
その甲斐もあって、私は何とかギリギリで第一志望の難関私立大学に合格した。ハルが、いつか入りたいと言っていたW大だ。
会える可能性があるとしたら、この大学だけが最後の希望だったから。
大学は最初から東京の大学しか望んでいなかった。もしかしたらハルに会えるかもしれないという気持ちだけだった。自分でもバカだと思いながらも、私はリュックひとつで上京した。
そして今日はいよいよ、憧れていた映画サークルの訪問日だった。
この巨大な大学で最も歴史ある映画サークルと聞いており、本気で映画監督を目指している生徒も多数在籍していると聞いていた。
地図を何度も見てやっと辿り着いた、学生会館にある部室を目の前に、私は一人でじっと固まっていた。
友達を作ることなんて、そういえばここ数年間全く努力をしてこなかった。
こんな私でも、ここで認められるような存在になれるだろうか。
新しいことは、いつもいつも大きな勇気がいる。
私は、鬱屈とした高校生活から抜け出し、人生を再スタートする覚悟を決めて教室の扉に手をかけた。
その時、突然後ろから明るい声が聞こえた。
「あ、もしかして、入部希望の方ですか? 私もなんですー!」
「えっ、あ、えっと……」
そこにいたのは、ベリーショートがとても似合う、目の大きな可愛らしい女の子だった。オーバーオールをおしゃれに着崩して、難易度の高い柄を難なく重ねている。
彼女は戸惑っている私を見てにこっと微笑み、すぐに目の前のドアに手をかけた。
「これもう中入っていいんですかねー? まあいいや、入っちゃおう」
まるで壁のように感じていたドアをサクッと開けてしまった彼女は、私より先に中へ入ってしまった。
「すみません、入部希望なんですけど、中に入ってもいいですか?」
すでに中に入っている彼女の後ろに隠れながら恐る恐る教室を覗くと、そこにはつり目で無愛想な男と糸目の優しそうな男の二人が、入り口近くの椅子に座っていた。
初めて入った教室は、プロジェクターと簡易的なスクリーンが置いてあり、スクリーンの方向を向いて映画館のように白い長机と椅子が並べられていた。
「俺達も新入生。お試し上映会の準備、これから始まるみたい。先輩達ももう少ししたら来るよ」
糸目の彼が優しく答えてくれたので、私は少しほっとした。彼女はそうなんだ、と言いながら、糸目の彼の横に荷物を置いた。
教室の前でいまだに立ち止まっている私を見て、糸目君が声をかけてくれた。
「君も入部希望? 中に入りなよ」
「う、うん。よろしくね」
友達の作り方なんて、もう昔過ぎて忘れてしまった。私はロボットみたいにぎこちなく笑ってから、奥に座っているつり目君の隣に座ってみた。
「あ、あの、皆学部は……」
恐る恐る小さい声で問いかけると、ベリーショートの女の子がすぐに答えてくれた。
「私は商学部! 麻里茂って呼んで」
「俺は砂村洋二。学部は政経。俺も下の名前で呼んで」
「麻里茂にヨージ……。よろしくね。私は教育学部で、持田冬香です」
簡単に自己紹介をすると、麻里茂がすぐに「じゃああだ名はもっちーだね!」と言ってくれた。二人とも感じのいい人たちで良かった。
しかし、今隣にいる彼の名前は聞けそうにない。この流れで普通自己紹介をしてくれるものじゃないのか、と思っていると、ヨージが隣にいる彼を肘で突いた。すると、少し遅れてから渋々と言った感じで彼は口を開いた。
「東堂歩夢。ヨージと同じ政経」
春が来て、冬が来て、春が来て、を三回繰り返しただけで、私は大学生になってしまった。
高校時代は、中学とは打って変わって、毎日勉強しかしていなかった。
土日は家で映画を観て、極たまに詩織と一緒にお茶をした。
けれど、私の高校三年間は、ハルへの罪悪感と、ハルがいないことの喪失感とで、ずっとトンネルの中に潜っているかのような日々だった。
だから、せめて何処か違う場所へ進める下準備はしておこうと、勉強だけは必死になってした。
その甲斐もあって、私は何とかギリギリで第一志望の難関私立大学に合格した。ハルが、いつか入りたいと言っていたW大だ。
会える可能性があるとしたら、この大学だけが最後の希望だったから。
大学は最初から東京の大学しか望んでいなかった。もしかしたらハルに会えるかもしれないという気持ちだけだった。自分でもバカだと思いながらも、私はリュックひとつで上京した。
そして今日はいよいよ、憧れていた映画サークルの訪問日だった。
この巨大な大学で最も歴史ある映画サークルと聞いており、本気で映画監督を目指している生徒も多数在籍していると聞いていた。
地図を何度も見てやっと辿り着いた、学生会館にある部室を目の前に、私は一人でじっと固まっていた。
友達を作ることなんて、そういえばここ数年間全く努力をしてこなかった。
こんな私でも、ここで認められるような存在になれるだろうか。
新しいことは、いつもいつも大きな勇気がいる。
私は、鬱屈とした高校生活から抜け出し、人生を再スタートする覚悟を決めて教室の扉に手をかけた。
その時、突然後ろから明るい声が聞こえた。
「あ、もしかして、入部希望の方ですか? 私もなんですー!」
「えっ、あ、えっと……」
そこにいたのは、ベリーショートがとても似合う、目の大きな可愛らしい女の子だった。オーバーオールをおしゃれに着崩して、難易度の高い柄を難なく重ねている。
彼女は戸惑っている私を見てにこっと微笑み、すぐに目の前のドアに手をかけた。
「これもう中入っていいんですかねー? まあいいや、入っちゃおう」
まるで壁のように感じていたドアをサクッと開けてしまった彼女は、私より先に中へ入ってしまった。
「すみません、入部希望なんですけど、中に入ってもいいですか?」
すでに中に入っている彼女の後ろに隠れながら恐る恐る教室を覗くと、そこにはつり目で無愛想な男と糸目の優しそうな男の二人が、入り口近くの椅子に座っていた。
初めて入った教室は、プロジェクターと簡易的なスクリーンが置いてあり、スクリーンの方向を向いて映画館のように白い長机と椅子が並べられていた。
「俺達も新入生。お試し上映会の準備、これから始まるみたい。先輩達ももう少ししたら来るよ」
糸目の彼が優しく答えてくれたので、私は少しほっとした。彼女はそうなんだ、と言いながら、糸目の彼の横に荷物を置いた。
教室の前でいまだに立ち止まっている私を見て、糸目君が声をかけてくれた。
「君も入部希望? 中に入りなよ」
「う、うん。よろしくね」
友達の作り方なんて、もう昔過ぎて忘れてしまった。私はロボットみたいにぎこちなく笑ってから、奥に座っているつり目君の隣に座ってみた。
「あ、あの、皆学部は……」
恐る恐る小さい声で問いかけると、ベリーショートの女の子がすぐに答えてくれた。
「私は商学部! 麻里茂って呼んで」
「俺は砂村洋二。学部は政経。俺も下の名前で呼んで」
「麻里茂にヨージ……。よろしくね。私は教育学部で、持田冬香です」
簡単に自己紹介をすると、麻里茂がすぐに「じゃああだ名はもっちーだね!」と言ってくれた。二人とも感じのいい人たちで良かった。
しかし、今隣にいる彼の名前は聞けそうにない。この流れで普通自己紹介をしてくれるものじゃないのか、と思っていると、ヨージが隣にいる彼を肘で突いた。すると、少し遅れてから渋々と言った感じで彼は口を開いた。
「東堂歩夢。ヨージと同じ政経」