中学校に行こうとすると、お腹が痛くなる。これは本当なんだ。嘘じゃないんだよ。
 本当に痛くなるんだ。お腹の奥の奥を、髪の毛の様に細い針で何か所も刺されているような、そんな痛みだ。
 チク、チク、チク、とその針は私をベッドに縛り付けて、動かなくさせていく。
 中学二年生だった頃の私は、制服に腕を通しただけで、謎の腹痛に襲われる日々を過ごしていた。
「冬香、どうしたの。学校で何があったの」
「なんもない」
「なんもないって……、それじゃあ分からないでしょう」
なんもないったら、なんもない。だって誰とも会話なんかしていない。友達に無視されている、ということになんとなく気づいたあの日から、ずっとなんだかお腹が痛いのだ。
「まったく……、明日はちゃんと学校いくのよ。それが嫌だったらちゃんとお母さんに理由を話して」
ドアが静かに閉められた音を聞いて、私はほっと胸を撫で下ろした。学校に行かなくてもいいとなった瞬間、嘘みたいに胸の中が晴れ渡っていく。
私はベッドからすぐさま飛び降りて、テレビの下にある、DVDが沢山入ったプラスチックのかごを漁った。
今日観たい気分の映画を、直感で引き抜くと、すぐに蓋をぱかっと開ける。そして、そっとディスクの丸い穴に中指を通し、ゆっくり開いたDVDレコーダーにそれを乗せた。
これから物語が始まるんだ、というこの瞬間が、一番ぞくぞくする。小さい頃から映画好きだった私は、中学をずる休みしては映画を観て過ごす毎日を送っていた。
薄手のタオルケットを頭から被ってみることが、自分のこだわりだったりする。この方が、より映画に集中することができるのだ。

こうして暗がりの中で映画を観ていると、幼い頃、子供が二人ほど入れる大きなダンボールの中で、小さな映画館をつくって遊んでいた日々を思い出す。
ダンボールにスマホ画面サイズの穴を作って、そこにスマホをはめ込みテープでしっかり留める。ダンボール箱の中に入って再生ボタンを押したら、簡易的な映画館の完成だ。
あんな風に映画を観ていた頃は、男も女も可愛い子もそうじゃない子も派手な子も大人しい子も、何もかもが平等で、生きやすかった。
そうだ、あの頃、一緒にダンボールの中で映画を観ていた男の子がいた。
肌が真っ白で、髪は真っ黒で、大きくて鋭い瞳を持っていて、心臓が人よりも弱いせいで中々小学校に通えなくて、いつもどこか寂しそうにしていた男の子だった。
「ハル……」
彼は、今何をしているだろうか。
総合病院の近くに住むと言って、引っ越してしまった彼とは、もう五年も連絡を取っていない。
彼は私とは違って、上手に年を重ねているんだろうか。上手に生きているんだろうか。私だけがこの世界で“下手くそ”なんだろうか。
そんなことをぼんやり思い出しているうちに、映画の主人公が泣き出してしまった。

ハル。
君といた頃、私は、信じられないくらい呼吸がしやすかった。