喫茶店を後にした私達は、いよいよ母校の大学へと足を運んでいた。
相変わらず巨大なキャンパスは、歩き疲れるほどの広さで、キラキラと眩しい学生達を見て、なぜか嫌な意味で胸が苦しくなった。
「なんか、若いなー……。希望に溢れてる男女ばかりで嫉妬で苦しいんですけど」
麻里茂が自分と同じ気持ちを代弁してくれたので、私も深く頷いた。
サークルのパーカーを着て走っていく生徒を見て思ったが、そういえば、今頃から文化祭の準備を始めるサークルも増えてくる時期だろう。文化祭は皆でタピオカを作ったり、バンドを聴いたり、大学の王者を決めるはちゃめちゃなコンテストを観て爆笑したり、起こること全てが楽しくて仕方なかった。
「ムトーはさ、もっちーと同じ中学校出身だったんだよね? 文化祭とかあったの?」
麻里茂の質問に、ムトーはそうだね、とぶっきらぼうに言葉を返した。中学の文化祭、というワードは、私達にとってあまりいいワードではない。
今でもあの時の、ムトーの……詩織の、目を赤くして私を睨みつける顔は覚えている。
「あんまり中学の話したくないんだよね。あの時超デブスで人生詰んでたから」
「へぇ、その時の方が性格はまだひん曲がってなかったんじゃないの? 威圧的なメイクになってからどんどん気強くなってない?」
「いいの、メイクは私の鎧なの」
「お前らすぐ喧嘩するのやめろよな」
後ろから呆れた声で東堂が二人を宥めたが、ムトーははいはいと空返事をするだけだった。
ムトーのことを詩織と呼んでいたのは、随分過去の話だ。中学の時は色んなことがあったけれど、同じ高校に通えることになり、そこから私達の友情は再スタートした。
ムトーは、高校生になるまでの春休みで急激なダイエットをし、鎧というに相応しいメイクで自分の顔を隠していた。中学の頃のムトーの顔は面影もなく、完全に過去の自分を消し去ろうとしてのことだったんだと思う。

「中学の時の文化祭は最悪だった。ハルが冬香をいじめてた女にブチ切れてペンキ撒いたりして……」
「え、あの場にいなかったのに、ムトーもそのこと知ってたの?」
「凄い音がしたから、帰り際階段降りる時に覗いたの。教室真っ赤っかでホラーかと思ったわ」
驚く私に、ムトーは平然とそう言ってのけた。その話を聞いた麻里茂が、ワクワクした表情で詳細を聞いてきた。
「ハルってその時からもっちーラブだったんだね。流石だなー」
「ラブっていうか、あれは少し異常だったよ。なんか、人としてすごく不安定で、獣に近いような……」
そこまで言いかけて、ムトーは言葉を止めた。あの時のことを思い出すと、私が苦しむと思ったのだろうか。
あの文化祭から卒業までの半年間は、本当に怒涛の日々だった。
私は結局卒業式も出られないまま中学生を終え、引きこもっているうちにハルも失ってしまった。
奇跡的にムトーと同じ高校に受かっていなかったら、私は今こうして友達と笑っていられることなんて出来なかっただろう。

「ハルがぶっ飛んでるのは大学の時も同じだろ。早く部室行こうぜ」
「……うん、そうだね」
「詩織、大丈夫?」
東堂の後を付いて行こうとした私に、ヨージが心配そうに声をかけてくれた。
……大丈夫。きっと大丈夫。
ハルとの思い出だらけのあの部屋で、涙を流したりはしないよ。きっと。
「……ありがとう、大丈夫だよ。行こう」
ここまで来たら、進むしかない。
私達の青春が詰まっていたあの部屋で、ハルの影が残るあの部屋で、私はハルを失った事実と向き合わなければならないんだ。


そう強く言い聞かせながら、私は部室へと足を運んだ。