人の心が近づくことは容易いことではないのに、どうして手離すことはこんなにも容易いのだろう。
この時の私は分かっていなかった。ハルがどれだけ自分の人生に必要な存在だったかということを。

「俺こそごめん、冬香……」
抱き締めるべきだった。あの時の彼を、全力で、死にものぐるいで、抱き締めるべきだった。
そうすれば、彼を失うことはなかったのかもしれない。

大好きなのに、彼が怖かった。
これ以上自分を知られることが怖かった。
自分のことをちゃんと好きでいられたら、こんなことにはきっとならなかった。

勇気がないと、大切な人を失ってしまうんだってことを、私は十五歳の冬に痛いほど体感してしまった。

「それでも俺は、ずっと冬香の味方だから……」
そう言い残して、ハルは私の部屋からそっと静かに出ていった。その後ろ姿は、涙で景色が歪んでよく見えなかった。
心の中は破裂しそうなほどぐちゃぐちゃだった。


その日から、ハルと私が会話をすることはなくなり、ハルは東京のどこかの高校を受け、私の目の前から去ってしまった。

まるでハルとの毎日は幻だったかのように、煙のように消えてなくなってしまったんだ。

ハル。弱虫でごめん。本当に、ごめんね。

十五歳のハルの心臓を粉々にしてしまったのは、私だ。

……ずっとそう思っていた。
だけど、ハルが私の前から姿を消した理由は、私には知り得ない、もっともっと奥深い所にあったんだ。

私はまだ、ハルの心の表面にすら、触れることができていなかった。私は、そんなことも知らずに、ハルがいない間の数年を淡々と生きていくことになる。