深呼吸をしていると、コンコンとノック音が響き、それからゆっくりとドアが開いた。
ハルはドアの隙間から私を心配そうに覗いて、すぐに入ってかなかった。
「……冬香、大丈夫か」
「うん、中に入っていいよ」
そう答えると、ハルはこくんと頷いてから私の部屋に入ってきた。父親以外の男性と話すのはあの事件以来で、体が硬直していくのが分かる。ハルなのに、体は恐怖を思い出してしまう。
ハルは学ラン姿のままで、着替えもせずに私の帰りを待っていたんだろう。私はベッドに座り、彼は私と少し離れたミニテーブルの前に座った。
「……犯人、ちゃんと捕まるといいな」
ハルは福崎さんが仕向けたことだとは知らない。今も知らないということは、福崎さんのことはあの男二人も隠し通したんだろう。
ハルは俯きながら、一度自分の膝を強く叩いた。
「なんで冬香が……」
なんで私が。そんな途方も無い問いかけを、朝から夜まで何千回としてきた。
私と同じように悲しんでくれるハルを見て、胸がぎゅっと苦しくなった。その苦しみは、ハルが私を大切に思ってくれているからではなく、私の中のハルへの罪悪感がそうさせていた。
……ハル、ごめん。私ハルに謝らなきゃいけないことがあるよ。
この二週間、私はハルのことを恨んでいた。だから会いたくなかった。
ハルが福崎さんにあんなことをしなければ、こんな目に遭うことはなかったと、本気でそう思ってしまったんだよ。
「ハル……、私、大丈夫だから」
事件があった日も、すぐに駆けつけてくれたのに、私はハルの目を見ることすらできなかった。
私は弱い人間だから、福崎さんに対してあんなことしなければとか、ハルがあの場所にいなければとか、私一人で静かに学校生活を送っていればとか、そんなたらればでハルを憎んでしまった。
こんな汚い私、ハルに知られたくないよ。
詩織も、こんな気持ちで苦しんでいたのだろうか。まさかこんな形で自分にふりかかってくるなんて思わなかった。これは何かの罰だったんだろうか。
「大丈夫だから、もう心配しないで……」
見抜かないで。これ以上こんな私に近づかないで。ハルを傷つけたくない。自分も傷つけたくない。これ以上、苦しい思いをしたくないよ。
ハルのことが好きなのに、ハルのことが憎いなんて。
今の私は、矛盾の塊だ。
「だ、だからハルは、受験頑張っ……」
そこまで言いかけた時、ハルが私の腕をぐいっと引っ張って、私のこと強く強く抱きしめた。それは、今までで一番強い抱擁だった。
ハルは、私のことを安心させる為に抱きしめているようではなかった。私の震えた声を聞いた瞬間、怒りに近いような感情に煽られて、突発的に私を抱きしめたように感じた。それほどに、ハルに余裕がなかった。
「ハ、ハル……、離して」
細い声でそうお願いしたけれど、ハルは肩を震わせながら私のことを抱き締めている。
それから、私の耳元で、信じられない言葉を言ってのけた。
「福崎が、主犯だったんだな……」
まるで、私の心の中を読み解いたかのように、確信しきった声音でハルはそう呟いた。その声は低く、怒りに震えていた。
福崎さんのことは親にも話していないのに、どうしてハルに伝わってしまったのか。私はパニック状態のまま、バクンバクン動くハルと私の心臓の音をただただ感じていた。
「許さない……、絶対に」
「ハル、どうしたの……」
「許せない……、俺自身も……」
「どうして、福崎さんのこと……」
困惑しながら恐る恐る問い掛けると、ハルは私の耳元で深く呼吸をした。それから、何かを決心したように私の肩を両手で掴み、私の瞳の奥をじっと見つめた。
「……ずっと、言おうか迷ってた。ずっとずっと、頭の中の神経が切れるんじゃないかってくらい、この二週間考え続けてた」
ハルの声は凛としていて、頭の中に直に響いてくる。
ハルはドアの隙間から私を心配そうに覗いて、すぐに入ってかなかった。
「……冬香、大丈夫か」
「うん、中に入っていいよ」
そう答えると、ハルはこくんと頷いてから私の部屋に入ってきた。父親以外の男性と話すのはあの事件以来で、体が硬直していくのが分かる。ハルなのに、体は恐怖を思い出してしまう。
ハルは学ラン姿のままで、着替えもせずに私の帰りを待っていたんだろう。私はベッドに座り、彼は私と少し離れたミニテーブルの前に座った。
「……犯人、ちゃんと捕まるといいな」
ハルは福崎さんが仕向けたことだとは知らない。今も知らないということは、福崎さんのことはあの男二人も隠し通したんだろう。
ハルは俯きながら、一度自分の膝を強く叩いた。
「なんで冬香が……」
なんで私が。そんな途方も無い問いかけを、朝から夜まで何千回としてきた。
私と同じように悲しんでくれるハルを見て、胸がぎゅっと苦しくなった。その苦しみは、ハルが私を大切に思ってくれているからではなく、私の中のハルへの罪悪感がそうさせていた。
……ハル、ごめん。私ハルに謝らなきゃいけないことがあるよ。
この二週間、私はハルのことを恨んでいた。だから会いたくなかった。
ハルが福崎さんにあんなことをしなければ、こんな目に遭うことはなかったと、本気でそう思ってしまったんだよ。
「ハル……、私、大丈夫だから」
事件があった日も、すぐに駆けつけてくれたのに、私はハルの目を見ることすらできなかった。
私は弱い人間だから、福崎さんに対してあんなことしなければとか、ハルがあの場所にいなければとか、私一人で静かに学校生活を送っていればとか、そんなたらればでハルを憎んでしまった。
こんな汚い私、ハルに知られたくないよ。
詩織も、こんな気持ちで苦しんでいたのだろうか。まさかこんな形で自分にふりかかってくるなんて思わなかった。これは何かの罰だったんだろうか。
「大丈夫だから、もう心配しないで……」
見抜かないで。これ以上こんな私に近づかないで。ハルを傷つけたくない。自分も傷つけたくない。これ以上、苦しい思いをしたくないよ。
ハルのことが好きなのに、ハルのことが憎いなんて。
今の私は、矛盾の塊だ。
「だ、だからハルは、受験頑張っ……」
そこまで言いかけた時、ハルが私の腕をぐいっと引っ張って、私のこと強く強く抱きしめた。それは、今までで一番強い抱擁だった。
ハルは、私のことを安心させる為に抱きしめているようではなかった。私の震えた声を聞いた瞬間、怒りに近いような感情に煽られて、突発的に私を抱きしめたように感じた。それほどに、ハルに余裕がなかった。
「ハ、ハル……、離して」
細い声でそうお願いしたけれど、ハルは肩を震わせながら私のことを抱き締めている。
それから、私の耳元で、信じられない言葉を言ってのけた。
「福崎が、主犯だったんだな……」
まるで、私の心の中を読み解いたかのように、確信しきった声音でハルはそう呟いた。その声は低く、怒りに震えていた。
福崎さんのことは親にも話していないのに、どうしてハルに伝わってしまったのか。私はパニック状態のまま、バクンバクン動くハルと私の心臓の音をただただ感じていた。
「許さない……、絶対に」
「ハル、どうしたの……」
「許せない……、俺自身も……」
「どうして、福崎さんのこと……」
困惑しながら恐る恐る問い掛けると、ハルは私の耳元で深く呼吸をした。それから、何かを決心したように私の肩を両手で掴み、私の瞳の奥をじっと見つめた。
「……ずっと、言おうか迷ってた。ずっとずっと、頭の中の神経が切れるんじゃないかってくらい、この二週間考え続けてた」
ハルの声は凛としていて、頭の中に直に響いてくる。