「何してんの、お前」
「うわ、めちゃめちゃ震えた」
「当たり前だろ。バカなのか」
「はは、ハルって男子なんだなー。小学生までは声の高さも腕の太さも一緒だったのに」
笑ってそう言うと、ハルは喉に触れていた私の手を掴んだ。それから、その手をハルの心臓の真上に持っていった。
どくん、どくん、という鼓動がかすかに手のひらに伝わって、私達は見つめ合った。

「冬香は、俺の心臓と、自分の心臓を分け合えれば良いのに、って言ったこと覚えてる?」
「え、ああ、そんなことも言ったっけ……。ハルが、泣いていても理由を話してくれないから。心がもし心臓にあるなら、分け合えたら分かるのにって思ったな」
そうだった。あれは、まだ私たちが七歳の頃だったかな。一時期ハルが、唐突に泣き出すことがあって、理由を聞いても教えてくれないから、だから私は“ハグの魔法”と言って彼を抱きしめたんだ。
「……心は、心臓にあると思う?」
真剣な顔で、ハルが私の手を自分の心臓の上に押し当てる。
そんな難しい質問をされても、分からないよ。ハルは、どうしてこんなことを聞いてくるんだろう。
「……分からない。でも幼い頃突然泣き出すハルを抱き締めたのは、今にも壊れそうで怖かったからだよ。ねぇ、ハルはあの時どうして泣いていたの」
そう問いかけると、ハルは形の整った唇をゆっくりと開いて、信じられない言葉を放った。

「生きてること自体に、罪悪感を抱いていたのかもな」
「え……」
エアコンの無機質な音だけが部屋に響いている。少し伏せたその瞳は暗く、文化祭で福崎さんにペンキ撒いた時の表情と同じだった。
まただ。また、この冷たいハルを見てしまった。
血が通っているはずなのに、人形のように冷たく感じる。心臓は動いているのに、なぜか体温が感じられない。もっと彼に踏み込んでいいのか、ここまでしか立ち入ってはいけないのか、分からない。

「ハル、どこかに行っちゃうの……?」
まったく会話が成立していないのは分かっているのに、自然とその言葉が口から出てしまった。
それほどに、ハルを遠くに感じてしまった。
「行かないよ。冬香が泣くから」
ハルは笑ってそう答えたけれど、私の中の胸騒ぎは止まらなかった。私は彼の心臓の上に重ねた手をゆっくり降ろして、そのまま手を繋いだ。
「ハル、何かあったら言ってね。私は、いつでもハルの味方だよ」
その言葉が、その時の私に言える精一杯の言葉だった。どうしてそんなことを言うのとか、罪悪感を抱いてしまうのはなぜとか、一体何がハルを悲しませているのとか、そんなこと聞けなかった。

だってハルが、笑うから。
泣きたくなるほど優しい笑顔で、笑うから。

その日私達は、久々に『海の上のピアニスト』を観た。
十五歳のハルは、この映画が一番好きだと言っていた。

そして、私たちがこんな風にゆっくり映画を観ることができるのも、もうすぐ終わりを迎えようとしていた。