しかし、私は担任に連れられて受付にやってきた人物を見て固まってしまった。
そこには、ここ二年間会えていなかった、顔面蒼白の様子の詩織がいた。
「皆、詩織さんが久々に学校に来てくれたわよ。一緒に文化祭まわってあげてね」
詩織は、二年前の記憶よりずっと身長が伸びて、ずっと痩せていた。全体的に大人っぽくなった詩織を見て、私は何も言えないまま立ち尽くしてしまった。
「あ、持田さんは、同じ西小学校だったよね。ぜひこの機会に校内を案内してあげたらどう?」
ほら、と言って、担任が詩織の頼りない背中を押し、またどこかへ行ってしまった。
事情を知っているクラスメイト達は、まるで地獄を見るような目で私達の様子を見守っている。
詩織は、唇を噛んで俯いたまま、何も話せずにそこに立ち尽くしていた。
この空気を打ち破ったのは、受付に座っていた福崎さんだった。
「あはは、ちょっと、さすがにあの担任鬼すぎ。ここまでくると毒教師過ぎてヤバくない? 詩織は持田さんのせいで学校来れなくなったのにね」
ぷっと吹き出すように、福崎さんが信じられない言葉を口にした。福崎さんの隣にいるハルは、もちろんなんの事情も知らないので、今なぜこんな空気になっているのかを知らない。
「ちょっと、福崎……」
そばにいた堀田さんが、気まずそうに言葉をかけた。でもそれを無視して福崎さんは話を続けた。
「持田さんが入学式の日に私にいきなりビンタして悪目立ちしたせいで、持田さんの親友だった詩織も、学校来づらくなっちゃったんだよねー? 持田さん本当あの時からクレイジーだったよね。ねぇ、皆も覚えてるよね」
福崎さんの問いかけに、数人が頷いたが、誰も声には出さなかった。
違う、そうじゃない、と言い返したかったが、前回小木さんに言われた言葉がフラッシュバックしたせいで、言葉が喉に引っかかって出てこない。
私が、人と違うことをしたせいで、詩織まで巻き込んでしまった。その事実は、きっと間違っていない。詩織も、そんな風に思っているかもしれない。
そっと詩織の顔を見つめる。詩織は、青ざめた顔で俯いたまま、震えた声で話し始めた。
「きょ、今日は、あなた達に会わないように、ひっそりと来たの……。いつまでも逃げてちゃダメだって思って……まずは学校の空気に慣れようと思って……なのに、運悪く先生に見つかって」
詩織の言う“あなた達”には、私も含まれている。その事実が、ずっしりと罪意識として私の背中に乗っかった。
「でもやっぱり、来なければ、よかった……。こんな、腐った泥の掃き溜めみたいなところ」
そう言って、詩織は静かに教室から出て行った。私はたまらなくなって、思わず彼女を追いかけてしまった。
「詩織! 待って……」
呼び止めると、詩織は立ち止まって、私の方を振り返った。数年ぶりに、彼女とちゃんと目が合った。
「なんでさっき、福崎さんの言うことを否定しなかったの? 冬香のこと、まるで悪者みたいに言ってたのに」
「そ、それは、私も悪かったから……」
「……確かに、あの時、冬香があんなに目立つことしなかったら、私はあんなに死にたくなるほど恥ずかしい同情の眼差しで、見られなかったと思う。入学式当日に、福崎さんにブス認定されたことが一気に知れ渡ったあの日のこと、私一生忘れない」
もしかして、と思っていたけれど、改めてそう口にされると、あの時の自分が恥ずかしくて仕方なくなる。何も言えなくなってしまった私に、詩織は静かに畳み掛けた。
「でも、冬香は私の為に、やってくれたんだよね。それは、分かってるよ。分かってるけど、許せないの……。友達だったのに許せないの。私はその葛藤で、この二年間、ずっと苦しかったよ……」
「詩織……ごめん……、ごめんね」
泣くな。私がここで泣くなんておかしい。泣きたいのは、詩織の方だ。泣くな。
「だから、あの時の行動を、冬香が後悔なんかしないで。謝ったりしないで。そんなことされたら、じゃあ私はこの二年間、一体何のために苦しんでいたの……? 冬香が、“あんなことやらなきゃよかったな”って後悔することに、私は二年も自分を責めて追い込んで苦しめられていたと言うの……?」
詩織の目が、怒りで赤く染まっていく。私は何も言えずに、その赤が染まり行くのを黙って見ているだけだった。
私は、一体この子をどれだけ傷つけてしまったんだろう。自分が正しいと思ってやったことを、やっぱりやらなきゃ良かったって、手のひら返しして、善も悪も判断のつかない、くらげみたいにぶよぶよの脳になって、見えない針で詩織を刺した。
……消えて、しまいたい。消えてしまいたい。今すぐここから。
自分のことが、底なしで嫌いになっていく。

「でも詩織、私は、詩織とは友達でいたいよ……。詩織とのことは、諦めたくない……っ」

絞り出した本音は、呆れるほど自分勝手な気持ちだった。詩織はその言葉に一瞬目を丸くした様子だったけれど、何も言葉を返してはくれなかった。
「ごめん、私、帰るね……」
気づくと、詩織はもう目の前にいなかった。辺りには、バカみたいに楽しそうな生徒が散らばっていて、私は生まれて初めて本当の意味での孤独を感じていた。