◯
「よ、今日何観る?」
いつも通り、学校が終わると、ハルが家にやってきた。あの後私は紙粘土の作業を手早く終えて、ハルに何も言わずに先に帰ってしまったのだ。
泣いて赤くなった目を悟られないように、充血を和らげる目薬を何度も刺したことなんて、きっとハルは気づいていない。
制服から紺色のパーカーに着替えたハルは、慣れた手つきで家の鍵を閉め、部屋にズカズカと上がってきた。
「今日は久々に青山監督の映画観ようぜ。今日たまたま羽田もこの映画が好きって言ってて、急に思い出して観たくなってさ」
ハルはテレビ台の下にある、DVDのかごを漁りながら、今日羽田君話したことを教えてくれた。
私は、ソファに座りながら、心ここに在らずの状態で、生返事をしていた。
ハルは、ふとそんな私に気づいたのか、DVDのケースでぽこっと私の頭を小突いた。それから、どすんと私の隣に座ってきた。
「どうした、何かあったか」
「ううん、何もない」
「分かりやすい即答すんな」
ハルの、一見冷たく見える優しい瞳は、すごく好きだな。その目に見つめられると、本当のことを言えそうな気がしてくる。
でも、こんなに汚くて情けない自分、ハルには知られたくない。小木さんに言われた言葉を思い出すと、羞恥心で顔がかあっと赤くなって、胸の中を掻き毟りたくなる。
……どんどん、自分のことが嫌いになっていく。自分に正直に本当のことを言うと、どんどん周りが不幸になっていく。
詩織は、私を恨んでいるだろうか。
「冬香、話したくないなら話さなくていいけど、俺の言う通りにしろ」
「な、何急に……」
「まず立て、そして両腕を前に出せ」
「え、本当になに、どうしたの」
そう言って、ハルは私の腕を無理やり引っ張り立たせた。そして、ハルに言われた通り渋々“前ならえ”の形で腕を前に出す。
すると、ハルは私の空いた胸にすっぽりと体を収めるように、私のことをぎゅっと抱きしめた。そして、腕を無理やりハルの背中に回された。
パーカーから、ハルの優しい匂いが広がって、力強い腕に強制的に体が密着していく。
この前軽くハグされた時より、ずっと強い力だった。
「な、何してるの、ハル……」
「いいから、黙ってろ」
「だ、黙ってろって言われても……」
心臓が、どくんどくんと跳ねている。これは、どっちの心音? 分からない。ハルとのハグは不思議だ。まるで、心臓ごと一体化していくような感覚に陥る。
「魔法なんだろ、悲しみを分け合う」
「そ、そんな小さい頃の話、ほんとよく覚えてたね」
「分けて、俺に」
「ハル……?」
「分けて。俺も冬香の痛みを知りたい」
そう言われた瞬間、不思議と今日の出来事や、福崎さんに言われたことが、ぶわっと映像として頭の中に舞い込んできた。
ハルの声は優しくて、なんだかまた涙が出てしまいそうになった。
「俺はずっと、何があっても、冬香の味方だ」
どうしてハルは、こんなに優しいのかな。どうして私は、ハルみたいになれないのかな。ハルが羨ましい。ハルのように、優しくて自分に自信がある人間に生まれたかった。
ハルは生きることが上手で、私は悲しいくらい下手で、こうやって、人と自分を比べることしかできないちっぽけな人間で。
……自分のことを好きになりたい。
息を潜めるように、そんなことを願って生きている。
どうか、見透かさないで。こんな私は、ハルにだけは知られたくない。
「……そういう、ことか」
私の背中に回した腕に力を込めながら、ハルはぼそっと何かを呟いた。抱きしめられているから顔は見られないけれど、ハルの声は怒っているように聞こえた。
「冬香さ、嘘つくの下手すぎ」
そう言って、ハルは私の赤くなった目を見て笑った。私は慌てて涙を手で拭って俯いた。
ハルは、それ以上何も聞いてこなかった。不思議と、全部受け止め切ったような表情で、私の頭をそっと優しく撫でてくれた。
「何かあったら、ハグの魔法してやるよ」
「よ、今日何観る?」
いつも通り、学校が終わると、ハルが家にやってきた。あの後私は紙粘土の作業を手早く終えて、ハルに何も言わずに先に帰ってしまったのだ。
泣いて赤くなった目を悟られないように、充血を和らげる目薬を何度も刺したことなんて、きっとハルは気づいていない。
制服から紺色のパーカーに着替えたハルは、慣れた手つきで家の鍵を閉め、部屋にズカズカと上がってきた。
「今日は久々に青山監督の映画観ようぜ。今日たまたま羽田もこの映画が好きって言ってて、急に思い出して観たくなってさ」
ハルはテレビ台の下にある、DVDのかごを漁りながら、今日羽田君話したことを教えてくれた。
私は、ソファに座りながら、心ここに在らずの状態で、生返事をしていた。
ハルは、ふとそんな私に気づいたのか、DVDのケースでぽこっと私の頭を小突いた。それから、どすんと私の隣に座ってきた。
「どうした、何かあったか」
「ううん、何もない」
「分かりやすい即答すんな」
ハルの、一見冷たく見える優しい瞳は、すごく好きだな。その目に見つめられると、本当のことを言えそうな気がしてくる。
でも、こんなに汚くて情けない自分、ハルには知られたくない。小木さんに言われた言葉を思い出すと、羞恥心で顔がかあっと赤くなって、胸の中を掻き毟りたくなる。
……どんどん、自分のことが嫌いになっていく。自分に正直に本当のことを言うと、どんどん周りが不幸になっていく。
詩織は、私を恨んでいるだろうか。
「冬香、話したくないなら話さなくていいけど、俺の言う通りにしろ」
「な、何急に……」
「まず立て、そして両腕を前に出せ」
「え、本当になに、どうしたの」
そう言って、ハルは私の腕を無理やり引っ張り立たせた。そして、ハルに言われた通り渋々“前ならえ”の形で腕を前に出す。
すると、ハルは私の空いた胸にすっぽりと体を収めるように、私のことをぎゅっと抱きしめた。そして、腕を無理やりハルの背中に回された。
パーカーから、ハルの優しい匂いが広がって、力強い腕に強制的に体が密着していく。
この前軽くハグされた時より、ずっと強い力だった。
「な、何してるの、ハル……」
「いいから、黙ってろ」
「だ、黙ってろって言われても……」
心臓が、どくんどくんと跳ねている。これは、どっちの心音? 分からない。ハルとのハグは不思議だ。まるで、心臓ごと一体化していくような感覚に陥る。
「魔法なんだろ、悲しみを分け合う」
「そ、そんな小さい頃の話、ほんとよく覚えてたね」
「分けて、俺に」
「ハル……?」
「分けて。俺も冬香の痛みを知りたい」
そう言われた瞬間、不思議と今日の出来事や、福崎さんに言われたことが、ぶわっと映像として頭の中に舞い込んできた。
ハルの声は優しくて、なんだかまた涙が出てしまいそうになった。
「俺はずっと、何があっても、冬香の味方だ」
どうしてハルは、こんなに優しいのかな。どうして私は、ハルみたいになれないのかな。ハルが羨ましい。ハルのように、優しくて自分に自信がある人間に生まれたかった。
ハルは生きることが上手で、私は悲しいくらい下手で、こうやって、人と自分を比べることしかできないちっぽけな人間で。
……自分のことを好きになりたい。
息を潜めるように、そんなことを願って生きている。
どうか、見透かさないで。こんな私は、ハルにだけは知られたくない。
「……そういう、ことか」
私の背中に回した腕に力を込めながら、ハルはぼそっと何かを呟いた。抱きしめられているから顔は見られないけれど、ハルの声は怒っているように聞こえた。
「冬香さ、嘘つくの下手すぎ」
そう言って、ハルは私の赤くなった目を見て笑った。私は慌てて涙を手で拭って俯いた。
ハルは、それ以上何も聞いてこなかった。不思議と、全部受け止め切ったような表情で、私の頭をそっと優しく撫でてくれた。
「何かあったら、ハグの魔法してやるよ」