「羽田、見ろよこれ冬香が作ったガイコツ」
「え! なにこれ、猫かと思った。持田さん美術の才能ないの以外」
クラスのムードメーカーである羽田君が、私の作ったガイコツをまじまじと見てから笑った。私は恥ずかしくて、小木さんと同じように顔を赤くして俯いてしまった。
ハルが、こんな風に自然とクラスの子と関わる時間を作ってくれるお陰で、私は大分助けられていた。
本当は自分で何とかしなきゃいけないことだと思っていたけれど、ハルが嵐のように私を巻き込んでくれるから。
私はハルに、こんなに沢山の恩をいつか返せるかな。
「へぇ、こんなの作ってんだ。いいじゃん」
ハル達が去ったあと、俯いている私の目の前に、また誰かがしゃがみ込んだ。ふと顔を上げると、そこにはお人形のように美しい顔をした、福崎さんがいた。
この二年半、ずっと無視され続けていた相手が、今私に話しかけている。そのことを理解するのに数秒かかり、私は目を丸くしたまま硬直してしまった。
綺麗に染まった茶色い髪、細い手首に巻かれた華奢なブレスレット、制服のポケットには、今流行りのキャラクターの可愛いペンが刺さっている。こんなに間近で福崎さんを見たのは、本当にあの入学式での事件以来だ。
福崎さんは、暫く私の目を見つめ、それから、そっと耳元に口を寄せて来た。
「良かったね、いじめられてるやつ受け入れてくれる、小木みたいに地味ブスなクラスメイトがいて」
「は……」
「馴染んだとか思ってんじゃねえぞ。お前と仲良くしてる奴等は皆ハル目当てだから。もちろん、堀田も裏ではお前の悪口言ってるよ? 幼馴染だからって調子乗んなって」
そう吐き捨てた彼女は、あの日と同じ天使みたいな笑顔をしていた。
変わっていない。この人は、あの日から一ミリたりとも変わっていない。人のことを、自分より上か下かでしか判断できていない。
一体なにがそんなに偉いんだ。一体なにがそんなに自信があるんだ。同じ人間で、同じ歳で、同じ環境下でこの学校に生徒として存在しているのに。私はなんでこの人に怯えなければならない。
小木さんが隣で震えているのが分かる。私のせいで、こんなに嫌な思いをさせてしまった。でもここで福崎さんをビンタしたら、私もまた変われていないことになってしまう。
「あ、謝って……」
震えた唇から、震えた言葉が溢れ出た。福崎さんは天使みたいな笑顔を絶やさずに「は?」と低い声を出した。
「小木さんに、謝って……」
もう一度声に出すと、福崎さんは笑顔をやめて真顔に戻った。
「お前調子乗りすぎ。良い子ぶってんじゃねえよ、マジで潰すぞ?」
そう吐き捨てて、福崎さんはハル達の元へ駆け寄っていった。地獄のような空気だけが、小木さん達と私の間に残り、私はなんと声をかけたらいいのか考えあぐねていた。
すると、私より先に、小木さんが口を開いた。
「ああいうこと、言ってくれなくて、いいから……」
その声は暗く、ほんの少し怒りを含んでいるように聞こえた。
「あんなの言われ慣れてるし、無視してくれれば何もなかったのに……」
「何もなかった……?」
「福崎さんが怖くないの? 彼氏が有名な不良だって知ってるでしょ? 持田さんって、なんで皆と同じにできないの? どうして人と違うことを言っちゃうの? さっきだって、普通は謝っておけば済む話じゃん」
「え……、謝るって何に……」
「不登校になった詩織だって、あの時持田さんがあんな目立ったことしなければ、普通に学校通えてたかもしれないじゃん」
小木さんの言葉が、信じられないほど鋭く強い痛みを胸に与えた。思わず目眩がするほどの、痛みだ。
ショックを受けるとともに、私はどこかで納得していた。そうか、私は、人と同じような行動ができないから、弾かれたのか。そして詩織は、そんな空気の読めない私のせいで巻き込まれた。
私が、彼女の未来を潰してしまった。私の勝手な、善悪の判断のせいで。
「ご、ごめんなさい……」
気づくと、ぽろっと涙が溢れていた。私は誰にも見られないようにそれを拭ったが、指についていた紙粘土が涙で濡れて、ぬるっと頰を滑った。
「手、汚れたから、洗ってくるね……」
堪らず私は静かに教室を出た。
緑色の廊下には幸い誰もおらず、水垢のついた銀色の蛇口は固かった。
小木さんの言葉が、何度も頭の中を駆け巡っているる。
人と同じじゃないことは、こんなにも怖いことだったのか。
言われなければ気づけなかった。私はずっと、ずっと“正しいこと”をしたのに世間から弾かれたと思っていた。でも周りから見たら、私もある種の悪だった。
じゃあ、福崎さんは悪じゃないのか。一体何が正義なんだ。皆は、一体何を信じて生きているというの。
「詩織、ごめんね……」
早く、こんなちっぽけな世界から飛び出て、狭い価値観から逃げ出したい。くだらないスクールカーストなんか気にせず生きていきたい。こんなに不自由な自分が情けなくて恥ずかしい。
私も、ハルのように、自由に生きてみたい。
「え! なにこれ、猫かと思った。持田さん美術の才能ないの以外」
クラスのムードメーカーである羽田君が、私の作ったガイコツをまじまじと見てから笑った。私は恥ずかしくて、小木さんと同じように顔を赤くして俯いてしまった。
ハルが、こんな風に自然とクラスの子と関わる時間を作ってくれるお陰で、私は大分助けられていた。
本当は自分で何とかしなきゃいけないことだと思っていたけれど、ハルが嵐のように私を巻き込んでくれるから。
私はハルに、こんなに沢山の恩をいつか返せるかな。
「へぇ、こんなの作ってんだ。いいじゃん」
ハル達が去ったあと、俯いている私の目の前に、また誰かがしゃがみ込んだ。ふと顔を上げると、そこにはお人形のように美しい顔をした、福崎さんがいた。
この二年半、ずっと無視され続けていた相手が、今私に話しかけている。そのことを理解するのに数秒かかり、私は目を丸くしたまま硬直してしまった。
綺麗に染まった茶色い髪、細い手首に巻かれた華奢なブレスレット、制服のポケットには、今流行りのキャラクターの可愛いペンが刺さっている。こんなに間近で福崎さんを見たのは、本当にあの入学式での事件以来だ。
福崎さんは、暫く私の目を見つめ、それから、そっと耳元に口を寄せて来た。
「良かったね、いじめられてるやつ受け入れてくれる、小木みたいに地味ブスなクラスメイトがいて」
「は……」
「馴染んだとか思ってんじゃねえぞ。お前と仲良くしてる奴等は皆ハル目当てだから。もちろん、堀田も裏ではお前の悪口言ってるよ? 幼馴染だからって調子乗んなって」
そう吐き捨てた彼女は、あの日と同じ天使みたいな笑顔をしていた。
変わっていない。この人は、あの日から一ミリたりとも変わっていない。人のことを、自分より上か下かでしか判断できていない。
一体なにがそんなに偉いんだ。一体なにがそんなに自信があるんだ。同じ人間で、同じ歳で、同じ環境下でこの学校に生徒として存在しているのに。私はなんでこの人に怯えなければならない。
小木さんが隣で震えているのが分かる。私のせいで、こんなに嫌な思いをさせてしまった。でもここで福崎さんをビンタしたら、私もまた変われていないことになってしまう。
「あ、謝って……」
震えた唇から、震えた言葉が溢れ出た。福崎さんは天使みたいな笑顔を絶やさずに「は?」と低い声を出した。
「小木さんに、謝って……」
もう一度声に出すと、福崎さんは笑顔をやめて真顔に戻った。
「お前調子乗りすぎ。良い子ぶってんじゃねえよ、マジで潰すぞ?」
そう吐き捨てて、福崎さんはハル達の元へ駆け寄っていった。地獄のような空気だけが、小木さん達と私の間に残り、私はなんと声をかけたらいいのか考えあぐねていた。
すると、私より先に、小木さんが口を開いた。
「ああいうこと、言ってくれなくて、いいから……」
その声は暗く、ほんの少し怒りを含んでいるように聞こえた。
「あんなの言われ慣れてるし、無視してくれれば何もなかったのに……」
「何もなかった……?」
「福崎さんが怖くないの? 彼氏が有名な不良だって知ってるでしょ? 持田さんって、なんで皆と同じにできないの? どうして人と違うことを言っちゃうの? さっきだって、普通は謝っておけば済む話じゃん」
「え……、謝るって何に……」
「不登校になった詩織だって、あの時持田さんがあんな目立ったことしなければ、普通に学校通えてたかもしれないじゃん」
小木さんの言葉が、信じられないほど鋭く強い痛みを胸に与えた。思わず目眩がするほどの、痛みだ。
ショックを受けるとともに、私はどこかで納得していた。そうか、私は、人と同じような行動ができないから、弾かれたのか。そして詩織は、そんな空気の読めない私のせいで巻き込まれた。
私が、彼女の未来を潰してしまった。私の勝手な、善悪の判断のせいで。
「ご、ごめんなさい……」
気づくと、ぽろっと涙が溢れていた。私は誰にも見られないようにそれを拭ったが、指についていた紙粘土が涙で濡れて、ぬるっと頰を滑った。
「手、汚れたから、洗ってくるね……」
堪らず私は静かに教室を出た。
緑色の廊下には幸い誰もおらず、水垢のついた銀色の蛇口は固かった。
小木さんの言葉が、何度も頭の中を駆け巡っているる。
人と同じじゃないことは、こんなにも怖いことだったのか。
言われなければ気づけなかった。私はずっと、ずっと“正しいこと”をしたのに世間から弾かれたと思っていた。でも周りから見たら、私もある種の悪だった。
じゃあ、福崎さんは悪じゃないのか。一体何が正義なんだ。皆は、一体何を信じて生きているというの。
「詩織、ごめんね……」
早く、こんなちっぽけな世界から飛び出て、狭い価値観から逃げ出したい。くだらないスクールカーストなんか気にせず生きていきたい。こんなに不自由な自分が情けなくて恥ずかしい。
私も、ハルのように、自由に生きてみたい。