◆
『予定が空いてたら行きます』なんて、よく考えたら当たり前の返事を、昼休憩の間ずっと流し読みしている。
あんなに学生時代仲が良かった私達でも、それぞれの環境がばらばらになった今、時間とお金をかけてまで会う必要があるのかを測り合うようになってしまった。
そんな中身のない通知が激しく行き交っているトーク画面を傍観しながら、サンドウィッチを貪っている。
私の頭上には、信じられないくらい綺麗な桜が咲き誇っていて、さっきから花びらがほろほろと黄色のミモレ丈スカートの上に落ちてくる。
ついにサンドウィッチの上に振ってきたそれをゆっくりと剥がした時、前方から誰かが私を呼ぶ声がした。
「冬香(フユカ)、お前雪の日の地蔵みたいになってるぞ。無表情も相まって」
釣り目でスーツ姿の男が、勝手に私の隣に座ってきたせいで、茶色いベンチが軋んだ。
彼に言われて、頭の上に乗っていた花びらをパッと払っているうちに、彼は会社の近くで売っているボリューム満点のお弁当を開いて、大きな唐揚げを口に運んだ。
「ここ私の特等席だったんですけど……」
私の主張も虚しく、東堂(トウドウ)はがつがつと食べ物を胃の中に放り込んでいく。
体はスラっとして細いのに、圧倒的なこの食欲は、昔から全然変わっていない。
東堂とは大学が一緒で、しかも同じ映画サークルで、学生時代はよく一緒に過ごしていた。
まさか社会人になっても、同じ会社に入社するなんて、当時はとても驚いたけれど。
学食で何杯もご飯をお替りしていた彼を思い出して、全く衰えていない胃の強さに感心した。
「通知、凄いな」
緑茶をほぼ垂直に傾けて飲み干した彼が、私と同じタイミングでメッセージを受信し続けているスマホを鬱陶しそうに見ている。
同じように私も、膝の上で振動し続けているスマホを見て、苦笑交じりで頷いた。
「行くのか、同窓会」
「まさか、行かないよ」
即答した私を見て、東堂は何か言いたげな顔をしてから、そうかと呟いた。
彼の真っ黒な髪の毛に、はらはらと桜の花びらが舞い落ちている。
もし今ここに彼がいたら、真っ直ぐな髪の毛の上に花弁は留まらず、するすると流れ落ちていくんだろう。
誰かと重ねて見られていることに気づいたのか、東堂はばしっと私の背中を叩いた。それから、呆れたように、東堂は眉を顰める。
切れ長の瞳で、いつ見ても難しそうな顔をしている彼との出会いは、学生の頃から数えるとかれこれ八年が過ぎた。背が高く目立つので、部室で一人だけ頭一個分飛び抜けていた光景を覚えている。
「冬香、この前言ったこと、ちゃんと考えてんのか」
突然低くなった東堂の声に、サンドウィッチを頬張る動作を止めた。
「ちゃんと覚えてるよ」
目を見て言葉を返したが、東堂はぴくりとも眉を動かさずに、もう一度同じ問いかけをした。
「ちゃんと考えてんのかって、言ったんだよ」
「……ごめん」
「何に対する謝罪なんだそれは」
「……考えることもできず、ごめん」
そう言うと、東堂はまた一瞬何かを言いかけて、静かに口を閉じた。眉間のしわが更に濃くなっていくのを、私はじっと見つめることしかできない。
「お前さ、いつまでその場所にいるわけ」
もう何度めかのその言葉に、私は黙ることしかできない。何も感情が湧いてこない。けれど、今日の東堂は違った。
ずっと何度も溜め込んできた言葉を、彼は目を逸らさずに静かに述べた。
『予定が空いてたら行きます』なんて、よく考えたら当たり前の返事を、昼休憩の間ずっと流し読みしている。
あんなに学生時代仲が良かった私達でも、それぞれの環境がばらばらになった今、時間とお金をかけてまで会う必要があるのかを測り合うようになってしまった。
そんな中身のない通知が激しく行き交っているトーク画面を傍観しながら、サンドウィッチを貪っている。
私の頭上には、信じられないくらい綺麗な桜が咲き誇っていて、さっきから花びらがほろほろと黄色のミモレ丈スカートの上に落ちてくる。
ついにサンドウィッチの上に振ってきたそれをゆっくりと剥がした時、前方から誰かが私を呼ぶ声がした。
「冬香(フユカ)、お前雪の日の地蔵みたいになってるぞ。無表情も相まって」
釣り目でスーツ姿の男が、勝手に私の隣に座ってきたせいで、茶色いベンチが軋んだ。
彼に言われて、頭の上に乗っていた花びらをパッと払っているうちに、彼は会社の近くで売っているボリューム満点のお弁当を開いて、大きな唐揚げを口に運んだ。
「ここ私の特等席だったんですけど……」
私の主張も虚しく、東堂(トウドウ)はがつがつと食べ物を胃の中に放り込んでいく。
体はスラっとして細いのに、圧倒的なこの食欲は、昔から全然変わっていない。
東堂とは大学が一緒で、しかも同じ映画サークルで、学生時代はよく一緒に過ごしていた。
まさか社会人になっても、同じ会社に入社するなんて、当時はとても驚いたけれど。
学食で何杯もご飯をお替りしていた彼を思い出して、全く衰えていない胃の強さに感心した。
「通知、凄いな」
緑茶をほぼ垂直に傾けて飲み干した彼が、私と同じタイミングでメッセージを受信し続けているスマホを鬱陶しそうに見ている。
同じように私も、膝の上で振動し続けているスマホを見て、苦笑交じりで頷いた。
「行くのか、同窓会」
「まさか、行かないよ」
即答した私を見て、東堂は何か言いたげな顔をしてから、そうかと呟いた。
彼の真っ黒な髪の毛に、はらはらと桜の花びらが舞い落ちている。
もし今ここに彼がいたら、真っ直ぐな髪の毛の上に花弁は留まらず、するすると流れ落ちていくんだろう。
誰かと重ねて見られていることに気づいたのか、東堂はばしっと私の背中を叩いた。それから、呆れたように、東堂は眉を顰める。
切れ長の瞳で、いつ見ても難しそうな顔をしている彼との出会いは、学生の頃から数えるとかれこれ八年が過ぎた。背が高く目立つので、部室で一人だけ頭一個分飛び抜けていた光景を覚えている。
「冬香、この前言ったこと、ちゃんと考えてんのか」
突然低くなった東堂の声に、サンドウィッチを頬張る動作を止めた。
「ちゃんと覚えてるよ」
目を見て言葉を返したが、東堂はぴくりとも眉を動かさずに、もう一度同じ問いかけをした。
「ちゃんと考えてんのかって、言ったんだよ」
「……ごめん」
「何に対する謝罪なんだそれは」
「……考えることもできず、ごめん」
そう言うと、東堂はまた一瞬何かを言いかけて、静かに口を閉じた。眉間のしわが更に濃くなっていくのを、私はじっと見つめることしかできない。
「お前さ、いつまでその場所にいるわけ」
もう何度めかのその言葉に、私は黙ることしかできない。何も感情が湧いてこない。けれど、今日の東堂は違った。
ずっと何度も溜め込んできた言葉を、彼は目を逸らさずに静かに述べた。