まったくもう、と呆れたように言ってみせたけれど、本当は少しも呆れてなんていないことは自分がいちばんよく分かっている。

それから、ふっと笑みがもれた。昔のことを思い出したからだ。

子どものころ、私は犬が苦手だった。

よく遊んでいた空き地に行く途中の家で飼われていた大型犬が特にだめで、吠えられると怖くて足が動かなくなってしまった。

するとある日、そんな姿を見た優海が私の手を握り、さっきと同じように『俺が守ってやるからもう怖くないぞ』と言ってくれたのだ。

その彼の手も実は震えていたことは、気づかないふりをしてあげた。

そして、強く強く手をつないだまま、犬の前を二人で一気に駆け抜けた。

『ほらな、怖くない』と笑った優海の笑顔が、今でも昨日のことのように目に浮かぶ。


私は思い出し笑いをしながら、つないでいないほうの手で携帯電話を取り出し、隣の優海をまたこっそりとカメラにおさめた。

グラウンドのほうに顔を向け、野球部の友達に手を振っていた優海は、今度はシャッター音には気づかなかったらしい。

画面に映し出された彼を見つめる。

夏の光を受けてきらきら光る、明るい色のふわふわの髪と、それにも負けないくらい輝いている、明るくて柔らかな笑顔。

いいなあ、と思った。

優海の隣は、とても居心地がいい。

いつでも穏やかな笑みを浮かべている彼の横にいると、そのふんわりとした空気に包まれて、私まで優しくなれるような気がするから。

だからって、いつまでもこうしていられるとは限らないけれど。