「……思い出したくもないくらい嫌な夢、見たのか」

耳許で優海の声がする。

優しい声に、思わず瞼を閉じた。

「そんなに怖い夢見たなんて、凪沙……かわいそうに」

なぜか彼のほうが泣きそうな声をしているのがおかしい。

ぽんぽん、と背中を叩く手。それから、ゆっくりと頭を撫でられる。

「俺がいるからな。俺が守ってやるから、もう怖くないぞ。安心しろ、凪沙」

温かい手のひらの感触と柔らかい声に、私はうん、と頷き返した。

「うん、もう大丈夫。全部忘れた」

ぱっと顔をあげて微笑みを向けると、優海の笑顔の花が咲く。

そのとき、ひゅー、とからかうように口笛を吹く音が聞こえてきた。

「相変わらずラブラブだなー」

笑いながら声をかけて通りすぎていったのは、バスケ部の林くんだ。

それで、ここはまだ学校の中だったと気がついて私は恥ずかしくてなったけれど、優海はあっけらかんと「いいだろー」と返し、私を抱きしめる腕に力をこめた。

「ちょっと、優海……離れよう、学校だから! みんな見てるし」
「いーじゃん、別に悪いことしてるわけじゃねーんだし」
「そうだけど、そういう問題じゃないの。人前でべたべたしないもんなの」
「じゃ、帰ってからべたべたしよー」

からから笑って、優海は私の手を握って歩き出した。