『あのね……』

何かを言おうと口を開いた凪沙が、そのまま口をつぐんだ。

数秒の沈黙のあと、凪沙はうつむいて、乾いた声で笑った。

『色々言うこと考えてたんだけど、なんかもう、頭真っ白だ……』

また絶句した凪沙の肩が、少し震えている。

それに気づいた瞬間、抱きしめたくてたまらなくなった。

『……優海には明後日って言ったけど、本当は明日なんだ。きっと優海はびっくりするね。さすがの優海でも怒るよね。嘘ついてごめんね……』

明日溺れて死ぬと分かっていて、凪沙はこんな笑顔で俺のために話してくれている。

恐怖も絶望も飲み込み、いつも通りの笑顔で俺に語りかけてくれている。


凪沙はいつもそうだった。

自分のことよりも他人のことを考えるような優しい子だった。

自分のことよりも俺のことを優先して、俺のことをいちばんに考えてくれていた。


優しすぎるよ、凪沙。

だから、こんなことになっても、そんなふうに笑ってしまうんだ。


うつむいたまま唇を噛んでいた凪沙が、小さく嗚咽を洩らして、かすれた声で『優海』と言った。

『優海……優海。ありがとう。お母さんがいなくなって、寂しくてたまらなかったとき、優海が私を救ってくれたんだよ。それからも何度も優海の優しさに救われた。いつも一緒にいてくれて、ありがとう』

顔をあげた凪沙の瞳から、透明な涙がぽろぽろと零れ落ちる。

『私は優海からたくさんたくさん幸せをもらったよ。だから、もうじゅうぶんなんだ。もうお腹いっぱい』