「凪沙は、凪沙だけは、だめだよ……神様ぁ……」

俺のいちばん大事なものが、誰にも代えられない大切なひとが、俺のもとから消えてしまった。

「なんで……なんで……神様……」

床に突っ伏しながら嘆く俺に、タエさんが言った。

「神様はねえ、たくさん与えてくれるけど、たくさん奪うものなんだよ……」

震える声には、きっとこれまでに大事なものを俺以上にたくさん失ってきた悲しみがこびりついていた。

俺はゆっくりと顔をあげ、タエさんを見る。

タエさんは戦時中に結婚して、戦争で親兄弟と旦那さんを亡くしたと聞いたことがあった。

何人も生まれた子どもを必死に育てたけれど、大人なれたのはひとりだけで、その息子、つまり凪沙の父親も若くして死んでしまった。

残された凪沙を自分の子どものように大切に育てていたのに、その凪沙も死んでしまった。

なんて悲しいことだろう。

そんなにもたくさんのものを失ってきて、それでも強く生きられるのは、どうしてなんだろう。

「……どうして、大事なものばっかり、なくなっちゃうんだろう……。どうしてみんな俺を残して死んじゃうのかな……」

涙でかすれる声で訊ねると、タエさんは寂しそうに笑った。

「生きとるとねえ、何度も何度と悲しいことや苦しいことがあるんよ。大切なものをいくつも奪われるんよ。自分はもう生きとったって仕方ないんやないかって、生きる意味なんかないんやないかって思うことがたくさんある……。それでも信じとらんと……生きていかんといけないんよ」

言葉を失った俺に、タエさんは「つらいねえ」と泣きながら言った。