あの日、待ち合わせの時間になっても凪沙が来なかった。

凪沙が待ち合わせに遅れたことなんて一度もなかった。

おかしいと思って、すぐに家を出た。

凪沙を探して海沿いを走っているときに、堤防のほうから普通じゃない声が聞こえてきた。

子どもの泣き声、助けを求める大人の声。


その瞬間、分かってしまった。

凪沙は嘘をついていたのだ。

彼女が溺れた子どもを助けて死ぬのは、明日ではなく今日だったのだと。


頭を殴られたような衝撃を感じた。

自分でも信じられないくらい速く走って、そのまま海に飛び込んだ。

凪沙はすぐに見つかった。

真っ黒な髪と真っ白なブラウスが、青い海底で不気味にゆらゆら揺れていた。

抱きかかえて海面に出ると、集まってきた大人たちが凪沙と俺を引っ張りあげてくれた。

びっくりするほど疲れていて、身体が重くて自力では動けないほどだった。


すぐ隣では、父親が溺れた子どもに心臓マッサージをしていた。

それを見た瞬間、身体が勝手に動いて、俺も同じように凪沙の胸を押した。