その日私は、祭りを控えて浮かれる町の中を、自転車で走っていた。

駅の近くにある商店でノートとペンを買うためだった。

海沿いの国道に出たとき、いつものように釣りをしている人たちが何人かいるのが見えた。

それをぼんやり見ながら走っていたその時だった。

幼い子どもの泣き声が聞こえてきたのだ。

私は反射的に自転車から飛び降り、声の聞こえてきたほうに走った。

そこには、幼稚園くらいの男の子が堤防に四つんばいになって泣いていた。

どうしたの、と訊くと、嗚咽をこらえながら海を指差し、『お兄ちゃんが落ちた』と言った。

ざっと血の気が引いた。

海面を見ると、小さな靴が一足、ぷかぷかと浮かんでいた。

『あれ、お兄ちゃんの?』

訊ねると、男の子は泣きじゃくりながら頷いた。

それを見た瞬間、私は海に飛び込んだ。

海辺の町で育ったから、泳ぎには自信があった。

でも、服を着たまま飛び込んだのは初めてで、夏服とはいえ思った以上に身体が重くなった。

それでもなんとか必死に水の中を見渡して、海底に沈んでいこうとしている小さな身体を見つけた。