暴走車が耳をつんざくような甲高いブレーキ音とともに急停車するのと、優海がおじいさんを抱えて歩道に倒れ込んだのと、ほぼ同時だった。

全てがスローモーションのように見えた。

ひとつひとつの場面が目に焼きついている。

心臓が痛いくらいに暴れていた。

動悸が落ち着き、ほっと安堵したのも束の間、今度は全身が燃えるくらいの怒りに襲われる。

見ると、車の中の運転手は真っ赤な顔で「バカヤロー!」と叫び、おじいさんに向かって悪態をついていた。

怒りが頂点に達した。

私は地面に目を向け、見つけた小石を車体に向かって思いきり振りかぶる。

ぐちゃぐちゃに潰れてしまえばいい、という思いで。

でも、その手は石を投げつける前に止められた。

優海がすぐに立ち上がって私の腕をつかんだのだ。

なんで止めるのよ、と怒りをこめて睨みつけた私に、彼はにっこりと笑いかける。

それからぱっと振り向いて、走り出そうとしていた車のドアをいきなり開けた。

茶髪の若い運転手は、驚いた顔で急ブレーキをかけた。

がくんと車が揺れながら停車する。

「お兄さん」

優海はいつもの明るい声音で呼びかけた。

「なんだ、てめー! 文句あんのか!」

怒りの形相で睨みをきかせるガラの悪い男に、優海はやっぱりにこりと笑って、流れるように言った。

「乱暴な運転、危ないよ。気をつけてね。人ひき殺しちゃったら、お兄さんの人生も終わるよ」

呆気に取られる男に「じゃ」と手を挙げて、優海はばたんとドアを閉めた。