まだ朝早いので、車はほとんど通らない。

ガードレールさえない歩道をのんびりと散歩しているお年寄りがときどきいるくらいだ。

左手には海、右手には緑深い里山。その間に、平地にへばりつくように家々が低く建ち並んでいる。

十年間、毎日見つめ続けている風景。これからも見つめ続けるのだと思い込んでいた風景。


風が吹いて髪がふわりと舞い上がり、じわじわ熱をはらみはじめた首筋の肌にさわやかな空気が触れた。

もうすぐ七月。この海辺の小さな町は、太陽が力を増しはじめると一気に暑くなる。

夏は陽射しを遮るものがなくて溶けそうなほど暑く、冬は海風を遮るものがなくて凍りそうなほど寒い。そういう町だ。


目的の場所に近づいて、私はブレーキを握った。

走っている間は風を受けてまだ涼しかったけれど、止まった瞬間、額が汗ばみはじめる。

二人並んで電柱のかげに自転車を停めた。

「あっちーなー」

汗っかきな優海は、歩きながらシャツの裾を思いきりまくりあげてこめかみをぬぐっている。

恥じらいもなくさらけ出されたぺったんこのお腹をぺちりと叩き、「こら」と私は声をあげた。

「みっともない! もう高校生なんだから、子供みたいなことしないの」
「えー? 誰も見てねえじゃん」
「見てないとこから気をつけてないと、油断したらやっちゃうんだよ。こういうのは習慣なんだから」

優海は「なるほど、さすが凪沙」と素直に頷くと、お腹をしまって袖で汗をぬぐった。

本当は服じゃなくてタオルかハンカチで拭いてほしいところだけど、一気に色々言っても優海の頭がパンクしてしまいそうだから、まずは一つずつだ。