この能力が身に着いたのは十歳の時のとある日で、どうやら涙の回数はその日からカウントされているらしい。
 人が泣いている姿を見るのは、心にずしっとくるものがあった。初めは、現実で見たのか能力のせいで見えてしまったのか分からなくなり、なぜ泣いたことを知っているのかと、気持ち悪がられることもあった。
 そんなことも経て、最近この能力を活かしていく術を身につけた私の高校生活は、今の所順風満帆であった。
 誰かが傷ついていることにすぐに気づける代わりに、私は一度も涙を流せなくなってしまったけれど。
そう、この能力が自分の中に生まれてから、私は一度も泣くことができない。


「そこ、どいてくんない。俺の席」
 突然、頭の上に低い声が降ってきて、私は顔を上げた。そこには、私たちを見下すような目つきのクラスメイトが立っていた。
「ごめんって吉木、すぐどくから怒んないでよ」
 万里がへらっと笑って彼の肩をポンと叩くと、吉木は何も言わずに重たそうなリュックを自分の席にどさっと置いた。
「えー、怖……」
 万里は苦笑いを浮かべて、戻ろっか、と自分の席に静かに戻っていった。私も同じように本来の席についたが、沙子と吉木がいる席をチラッと振り返ってみる。
沙子の頭の上には、百五十の文字。その隣の吉木の頭の上には、一が浮かんでいた。この六年でたった一度しか泣いたことがないなんて、彼以外に知らない。