「皆、私の過去を知った途端、私を見ることをやめて、私の背景にある過去しか見ないんだ……」
絞り出した声は、空き箱のようなこの空間に、遠くまで響いた。父のことがあってから、噂や偏見で覆われた世界しか見られなかった。
どこを見てるの、何を見てるの、私は今、ここにいるのに。見て欲しくて、気づいて欲しくて、手を差し伸べ触れると、その人が泣いている姿が見えてしまう。涙をみると、一生忘れるな、と言われたあの日の出来事が、蘇ってしまう。
吉木は、そんな私の言葉を聞いても、表情を崩さない。
「過去は体の一部なんだから、もう、どうしようもないじゃない……」
最後にそう弱々しく呟くと、吉木は一度苦しそうに眉を顰めてから、静かに口を開いた。
「どうもしなくていい」
彼が、どうしてそんなに、切なげな顔をしているのか、私には分からなかった。吉木にも似たような過去があるのか、それとも私の父のことを知っていて同情しているのか。
「お前が、偏見に合わせる必要はない。無理に強くなる必要もない」
「え……」
「人の気持ちなんて、本当は誰も分かってないんだ。お前を傷つけた人も、お前を好きでいてくれる人も、親も、俺も……お前の気持ちを全部知ることはできないよ」
ぽつりぽつりと、そこまで言葉にすると、吉木は長い睫毛を静かに伏せた。もしかして、吉木にも、後悔するような過去があったんだろうか。
「分からないから、人は誰かと一緒にいようと思うんだ。誰だってそうだ」
……いつかの、父の言葉がこだまする。その人の気持ちは、その人に聞くまで分からないから、そのことを肝に銘じておきなさいという言葉が、吉木の苦しそうな表情に重なっていく。私はきっと、吉木のことをまだ一パーセントも分かっていない。
でも、それでも、吉木という存在を知りたいと思ってしまった。だからキャンプの時彼に感情をぶつけてしまった。その人を知りたいと思うことが人の性なら、この気持ちは否定しなくていいのだろうか。こんな私でも、人に近づきたいと思っていいのだろうか。