「お前、バカなの」
吉木は、自分のコートを脱いで、乱暴に私に被せてから崩れ落ちるようにしゃがんだ。
吉木の、真っ黒な髪の毛が、窓から漏れる光に照らされて、青く光っている。
「お前の親が、娘が帰ってこないって通報したから、警察は今お前を探しまわってるよ。学校から一斉メールが回ってきた。お前が今日、おかしな様子で泳ぎたいとか呟いてたから、もしかしてと思ってここに来た」
普段はクールな吉木が、今初めてこんなにも語気を強めて話している。取り乱した様子の彼を、私は本当に初めて見た。何も言えずに黙っている私を見て、吉木は深くため息をつく。それから、面倒臭そうに髪をかきあげて、問いかけた。
「で、お前は、何か言いたいことがあるわけ。こんなことするまで」
急に声のトーンが優しくなるもんだから、不覚にも胸の奥の奥がぎゅっと苦しくなってしまった。濡れた髪の毛先から、涙のように雫がぽたりと落ちる。
「分かんない、言いたいことなんて」
声が震える。息が苦しい。言葉にならない。
だって、伝えられるはずがない。この不毛な、形のない不安を、誰かに分かってもらえるはずがない。分かってもらう、つもりもない。でも、知ってほしい。私が寂しいことを、誰かに知ってほしい。矛盾していると、君は怒るだろうか。
「知ってほしいけど、自分の気持ちが、言葉にならない」
何も私の過去なんて知らない吉木に、私は一体何を言ってるんだ。何を求めているんだ。震える唇を噛み締めて、毛先からぽたりぽたりと水が落ちる様子をただ見つめる。
吉木は何も言わずに、私の肩からずれ落ちたコートを、再び私に優しくかけた。そんなことで、ずっとずっと胸の中に仕えていた思いが、嘘みたいにぼろぼろと溢れ出してしまった。