「それ、沙子にも一度言われて、治したいんだけど、でも……」
声が震えている。彼と目が合わせられない。自分には優しさなんかちっともなくて、今までただ偽善と優しさを無理やり繋ぎ合わせていたんじゃないだろうか。心臓がバクバクと音を立てて、額に冷や汗を滲ませる。沈黙が痛い。
 見抜かないで。私の汚さをどうかこれ以上見抜かないで。

「でも、私、人の泣いた記憶が分かっちゃうから……」

焦りから口をついて出てしまった言葉は、抜けるような空に消えていった。

その時の吉木がどんな表情をしていたかは、俯いていた私には分からないことだった。