背後から先輩の低い声が聞こえる。振り返らずとも表情は想像できる。
 目の前にあるテニス部のフェンス越しに、コートブラシをかけている吉木が見えた。
「なに無視こいてんだよ、お前」
 後ろから肩を強く掴まれると、バチっと吉木と目が合った気がした。また、被害者しているって思っているんでしょう。知らないよ。被害者面して、何が悪いの。こっちは泳ぐことすら制限されているというのに。
 そう思った時、自分の中で何かが爆発した。私は先輩たちの方を振り返り、頭の上にある数字を睨みつける。そして、部長の手首を掴んで、彼女が最近泣いた映像を自分の頭の中に流し込んだ。そして、思い切り部長を睨みつけたまま、私は彼女を傷つける言葉を思い浮かべて口を開く。
 その時、私の手を払いのけて、目の前に背中の壁が現れた。テニス部の青いジャージに驚く暇もなく、突然現れた吉木は低い声で先輩たちに話しかけた。

「昨日の倉庫でも、こんな空気でしたよね」
「アンタなんなの、彼氏?」
 吉木の背中に隠れているせいで、部長の表情が見えない。それでも、声から狼狽えていることは十分に分かった。
「あの日、倉庫にスマホを録音機能のまま置いてきたんですけど、それどうなってもいいですか」
「は、なに、本気でそんなことしたの?」
「……共有スペースを、修羅場にされるこっちの身にもなってくださいよ。ハッキリ言って、迷惑なんですけど」
 何を、言っているんだろう、この人は。あの日、証拠を押さえるためにスマホを置いていったなんて、ありえない。なんでそんなことをしたのか。誰のためにしたのか。分からないから、私は硬直したまま突っ立っていた。
 だって、吉木は私のことが嫌いなんでしょう?