「あんたの隣で食べていい?」
思い切ったことを聞いてみる。
睨まれるかと思ったが、男は静かに頷いてくれた。ぎこちないながらも、微笑みをくれる。
ユンジェはとても嬉しくなった。
これまでの行いが報われたような、そんな温かな気持ちに包まれる。齢十三相応の笑顔で返すと、桃饅頭を笹の上に置き、己の分の芋粥を取りに行った。
その時間の夕餉は、すごく楽しかった。
塩気の薄い芋粥を食べながら、男と色んな話をした。もっぱら話すのはユンジェで、聞き手は彼となったが、ちっとも気にならなかった。
誰かと食事をする、この時間が久しぶりで、楽しいと思えたのだから。
桃饅頭を食べる頃になると、ユンジェは男自身について尋ねた。
絶対に天人だと思っていたのに、彼は違うと否定する。嘘だと思った。こんなにも美しい女のような男がいるわけない。
「あんたが女だって言われても、まったく違和感ないよ。娶りたい男も出てくるんじゃなイっ、いってー! なんで殴るんだよ!」
力いっぱい頭を叩かれた。思ったことを口にしただけなのに。
なにやら男には事情があるらしく、怪我をしていた理由や、森で気を失っていた理由、身分について尋ねると目を泳がせる。
深く追究したところで、知識の乏しいユンジェには分からない話だろう。
うっかり名前を聞いてしまった時は、お互いに気まずい思いを噛み締めた。
男は声が出せず、答えることができない。機転を利かせた彼が、ユンジェの手の平に、名前であろう文字を書いていくが、自分には読み取る力がない。
「ごめんな。俺、字の読み書きができなくて」
彼に信じられないような顔を作られてしまうが、本当のことであった。
ユンジェは生まれてこの方、文字の読み書きを学んだことがない。
所謂、文盲だ。
学んできたことはいつも、生きるための術であった。
「文字は読めるようになれば便利だってことは知ってるんだけど……学び舎に行くお金も時間もなくて。爺も、俺を学び舎に行かせようとしてくれてたんだけど」
ユンジェにはできなかった。
爺を一人で働かせ、学び舎に行くことなど。食べていくだけでも精一杯なのだ。学び舎に行けば、爺は無理をする。そんなに嫌だった。
暗い空気になりかけたところで、ユンジェは話を戻す。
「声が出るまで、呼び名を付けていいか? あんた呼ばわりは嫌だろ?」
男が承諾の代わりに、頷いてくれたので呼び名を考える。やや憂慮ある眼を向けられるが、変な名前を付けるつもりはなかった。
せっかく隣に座る許可を出してくれたのだ。仲良くいきたい。
「うーん。天人じゃないって言われたけど、あんた、それっぽいから天。俺、これからティエンって呼ぶ。どう?」
悪くはなかったようで彼、ティエンは笑ってくれた。
少しは心を開いてくれたようで、就寝する際、ティエンはユンジェに隣で寝るよう手招いた。
元々そこはユンジェの寝台なのだが、それについては棚に上げているらしい。
だがユンジェは素直に従った。
寝台の持ち主のことなど微々たる問題だった。大切なことはティエンが、ユンジェに心を開こうとしている、この瞬間だ。
「おやすみ、ティエン。明日の夜こそ狩りを成功させるからな」
腹いっぱいに米を食べさせてやるから。
ふたたび約束を取りつけようとすると、ティエンは首を横に振り、もういいのだと態度で示した。
ユンジェに失望して首を横に振っているのではない。
生活の現状と、優しさを知ったからこそ、遠慮してくれているのだ。
明日からティエンは、ユンジェと一緒に芋粥を食べてくれるだろう。我儘に振る舞うこともないだろう。子どものように起こしていた癇癪も、きっと無くなることだろう。
それが嬉しいやら、でもやっぱり米は諦められないやら。
(明日の夜も狩りに行こう。ティエンと一緒に米が食べたい)
心の中で計画を立て、ユンジェは眠りに就いた。