「やっぱり、疲れていたんだな。ユンジェ」


 寝つきの良いユンジェに、ティエンは苦笑いを浮かべる。

 無理もない。自分の看病をしながら、朝昼は老夫婦の手伝いを、夜は遅くまで縄を編んで過ごしていたのだ。
 自分の分まで、恩を返そうとする子どもの姿を知っていたティエンは、子どもに負担を掛けてばかりだと、自己嫌悪を抱かざるを得ない。

 ユンジェの寝顔を見つめた後、投げ出されている腕に目を向ける。そこには消えかけている痣がある。タオシュン兵から逃げる時、負ったものであった。

(お前は私を責めない。家や仕事、故郷を失い、あてもない旅を強いられているのに、怒りすら抱かない。腹を立てる時は、お前を巻き込んだことに悔いる私の姿ばかり)

 お前のせいで。身内ですら言われ続けたことを、この子どもは口にしない。いつも、これからのことについてよく考え、一緒に生きようとしてくれる。

 だからユンジェを信じられるのだ。
 近衛兵らに逆心された経験を持つティエンは、守る人間に対し、強い不信感を抱いている。それには、なにか裏があるのではないか、と探ってしまうのである。

 王族を守ろうとする人間は嫌いだ。兵士は大嫌いだ。

 天士ホウレイが己を保護しようと奮闘しようが、間諜を放とうが、護衛をつけようが、そんなのティエンの知った話ではない。
 謀反でも王位簒奪でも、勝手にしてくれ。ただ、自分を巻き込んでくれるな、と怒鳴りたい。

 ティエンは王になどなりたくなかった。農民として、子どもと平和に暮らしたい。願いは、それだけなのだ。

(誰も私を探してくれるな。放っておいてくれ。頼むから)

 切なる想いを胸に秘め、子どもの頭を引き寄せて、そっと額をのせる。
 どうして、誰も自分を放っておいてくれないのか。国にも王座にも興味がないというのに。ティエンの願いは、そんなにも我儘で贅沢なのだろうか。

(悲観するな。ユンジェに笑われるぞ)

 よく考えろ。子どもが自分を守るために動いているのだから、ティエンも考えて行動を起こさなければ。
 軟な体や非力を嘆いても仕方がない。ティエンは弱い。子どもに負担を掛けることも多い。

 それでも、自分にできることを探さなければ。たった一人の家族を守るために、できることを考えなければ。

(いっそ王族が亡んでくれないだろうか。私にまこと呪いの力があるのなら、喜んで亡ぼすのに)

 もしも。もしも、獰猛な父や兄達が牙を剥くことがあれば。王族が子どもの命を狙うことがあれば。

 たとえ、それが生みの母であったとしても、ティエンは迷わず弓を手に取り、心の臓を射抜く。尊属殺は大罪、それすらも覚悟している。

 なぜなら。


「私が家族と、兄弟と呼ぶ人間は――お前だけだ。ユンジェ」


 ああ、はじめて出来た家族を失いたくない。守られるばかりの人間には、成り下がりたくない。守れる人間になりたい。

 ティエンは己の懐剣となった子どもの寝顔に微笑すると、体を起こして夜の空を仰ぐ。瞬く星達を見つめ、子どものために自分には何ができるのかを、ただひたすらに考えた。