「森を燃やしたのは、身を隠す場所を減らすため。そして小山の一本坂に誘い込むためか。でも、それだけだとは思えない。俺がタオシュンなら、渓谷のことをよく調べる」

 輩はこの渓谷に洞窟が多発していることを、ある程度、把握しているのではないだろうか。身を隠せる場所が多いことも、きっと分かっている。

「私ならあぶり出したいところだな」

 ティエンが棒きれを取って、地面に×を記していく。これは洞窟なのだろう。

「渓谷にどれほどの数の洞窟があるか分からないが、それを一つ一つ調べるのは手間だ。獲物が逃げる可能性もある。自分が攻めるより、相手に出てきて欲しいところだ」

 あぶり出し。
 そうか、タオシュンはあぶり出すつもりなのだ。

 森を焼くと、何が出る? 火が出る。炎が生まれる。燃えやすい集まる森は火事となる。それに伴って煙も出る。この渓谷の東側は木々の集合体。これらをすべて燃やせば、大量の煙が発生する。

 この煙を利用すれば、洞窟に身を隠す人間を外に出すことができるやもしれない。

 しかし現実問題、それは不可能だ。今は雨の季節、火を焚いたとしても雨が降れば、木が湿気てしまう。燃え広がりにくくなる。

(俺がタオシュンなら、この問題をどう解決する。どう乗り越える)

 頭をぐしゃぐしゃに撫でられる。目を丸くして、顔を上げるとカグムが見下ろしていた。

「ユンジェ。楽しそうにしてるな。俺も入れてくれよ。どうせ、お前のことだ。遊んでいるわけじゃねーんだろう?」

 盗み聞きしていたくせに。ユンジェは白々しいカグムに目を細める。
 しゃがんで目を合わせてくるカグムとユンジェの間に、棒きれが投げられた。

 危ない、と思う間もなく、ティエンが割って入る。彼は自分の背にユンジェを隠し、「ただの戯れです」と、短く答えた。帯に挟んでいる短剣に手が伸びている。

「カグム、この子に近付かないで頂きたい。私は申し上げたはずです。この子に触れたら、喉を切り裂くと。ユンジェ、こっちに来なさい」

 有無言わせない空気に、しどろもどろになりながら場所を移動する。

「はあっ。本当に気丈夫になられましたね。護衛している今だけでも、私を信用して下さりませんか?」

 気だるくため息をつくカグムに、ティエンは不快感を示す。

「はっ、冗談も休み休み言ったらどうです? 誰が貴殿を信用しろと? 私だけでなく、ユンジェを利用しようと目論んでいると知っておいて、どうして信用できるのでしょう?」

「利用だなんて人聞きが悪い。私は天士ホウレイさまに、彼を差し上げたいだけですよ。この子は麒麟の使い。ホウレイさまは、さぞお喜びになることでしょう。謀反を目的とする我々にとって、ユンジェは必要不可欠な存在です」

「それを利用と言わず、なんと称しましょうか? カグム」

 へらりと笑うカグムと、柳眉を寄せるティエンのせいで、すっかり空気が悪くなる。
 仕方のない話だ。この二人には埋めきれない、深い溝がある。ティエンにとってしてみれば、カグムの存在は腹立たしくもあり、不気味でもあることだろう。

 しかし。このままでは息苦しい。とても息苦しい。
 ユンジェは、なんとなく傍にいるハオに視線を投げた。向こうも、大変息苦しいと思っていたのだろう。気まずそうに視線を向けてくる。

「そういえばお前、なんで外に飛び出したんだ? あれがあったから、事態に気付いたわけだが……」

 ユンジェは喜んで話に乗った。この空気が壊せるのであれば、小さな話でも盛り上げてみせる。

「麒麟の夢を見たんだ」

「はあ? 夢で飛び出したのかよ」

 うそは言っていない。本当のことだ。
 ユンジェは夢を思い出し、身震いをした。あれは今思い出しても、恐ろしいものであった。瑞獣である麒麟が焼け爛れていく、なんて。

 偵察から戻って来た兵が、血相を変えて戻って来る。

「カグム、川がせき止められた。そこに大量の煙筒と木々が放り込まれている。それも、燃え盛った木だ! 奴等、油を使ってやがる!」