広い洞窟は喧騒に包まれていた。
天幕は崩され、たき火には水を掛けられ、兵士達は松明と武器を手に取って首領の下に集まる。慌ただしい音は、いつまでもこだました。
ユンジェは頭陀袋を肩に掛けると、平民の天幕で使用されていた布を裂いて、外衣代わりに羽織った。
簡単に糸で留めた後、ティエンにも同じものを羽織らせ、頭巾の部分ができているかを確認する。
「ティエン。洞窟を出たら、しっかりと布をかぶっておくんだぞ。もし火に襲われたら、まず髪をやられちまうからな」
髪は燃えやすい。それが燃え広がって、顔に火傷を負ってしまうやもしれない。
せっかく天人のように美しい顔をしているのだ。それに傷が入ってしまうのは勿体無い。
また、布をかぶっておけば、少なからず飛んでくる火の粉から目を守れる。ユンジェは再三再四、彼に布をかぶっておくよう注意を促した。
無論、燃えているのは東の森だ。そこへ飛び込むわけではないし、小山に逃げ込めば、火の心配もしなくて済む。
だが、ユンジェは先ほど見た夢を引きずっていた。そのため、ティエンに火の用心をさせていた。
それが終わると、ユンジェはティエンの手を引いて、潰れている天幕の傍にある武器の木箱の荷をあさった。向こうで兵達が集まっている今しか、物をあされる機会がない。
なんだか盗みをしている気分になったが、これは盗みではない。身分の高い王族のティエンから許可を貰ったのだ。許されるだろう。
ユンジェは小ぶりな短弓と矢、そして短剣を取って、ティエンに持たせた。矢筒の紐を結んでやり、数本の矢を入れてやる。
「ユンジェ。お前の分は?」
「俺は懐剣があるからいいよ。それに、ほら、弓が一つしかなくて……あ、ちょっと」
ティエンが箱を覗き込む。
意味深長な目を向けられたので、ユンジェは目を逸らした。
「あんまり多く持っていっても荷物になるだけだから、置いて行こうと思って」
「ふふっ、そうだった。ユンジェは弓が下手くそだったな。忘れていたよ」
「煩い。お前が上手すぎるだけだっ」
洞窟の出入り口にいた兵達がばらけた。
ここにいる者達は数にして十五ほど。二、三人に固まって、夜の外へと出ている。偵察に行ったのだろう。
どさくさにまぎれて、ティエンと逃げ出せないかと思ったが、相手はそう甘くない。
よりにもよって兵を纏めるカグムとハオが、ピンイン王子の護衛に就いた。
ここにいる謀反人の中でも、とりわけ腕が立つらしい。王子の存在の大きさを思い知らされる。ティエンは嫌悪感を惜しみなく出していたが。
偵察の知らせがくるまで待機を強いられたユンジェは棒きれを取って、松明の下で地面に絵を描いていた。
遊んでいるわけではない。考え事を目で分かるようにしているのだ。
それを遊びと見られてしまい、ハオに大層呆れられてしまったが、右から左に聞き流す。
「ティエン。方角って分かる?」
川を描き終わったユンジェは、ティエンに東と西を教えて欲しいと頼んだ。
「何を考えているんだ。ユンジェ」
東と西を書き記したティエンが、絵を覗き込んでくる。
「森を燃やした理由を考えているんだ。あれはタオシュンの仕業とみて、まず間違いない。じゃあ、どうして燃やしたんだろう?」
吊り橋を落としたのだから、逃げ道を塞ぐためだということは分かる。ユンジェは東の森の部分に斜線を引いた。
残る逃げ道は西の小山と、北から南にかけた川。この渓谷は一本道だ。ゆえに大回りをして、北と南を塞がれてしまうと、ここからの脱出が不可能となる。
小山の出入り口は一本坂。
ユンジェがタオシュンであれば、ここを絶好の狩場したいところ。森に逃げ込まれ、身を隠されでもしたら厄介だ。