また敷物を刃物で裂き、彼と布縄や紐を編んだ。ちょっとした時に役立ってくれるに違いない。仕事にしていたこともあって、これらは沢山作る。軽いので持ち運びにも困らないだろう。
「ティエン。布をよく捩じってから編むんだ。藁で縄を作る時と同じ要領だよ」
ユンジェは四苦八苦しながら、布紐を編んでいるティエンに声を掛ける。
「藁と違って布は纏まっているから、捩じる必要はないんじゃないか? 捩じっているのは、藁の束を纏めているからなんだろう?」
素朴な疑問を投げてくる彼に、しかと答えた。
「それもあるけど、一番の理由は藁の強度を高めるためだよ。何もしないままじゃ重みに耐えられなくなって、すぐに千切れちゃうぜ」
「そういう理由があったのか。知らなかった。捩じると強度が増す、大した知恵だな」
ティエンは感心したように、編みかけの布紐を引っ張った。
小道具作りに飽きると天幕の外に出て、水場近くのたき火を借りる。ついでに、肉と野菜を分けてもらった。これで保存食が作れる。
「こんのクソガキ。そこで何してやがる」
固まった塩を片手鍋に入れていると、青筋を立てたハオがやって来た。
大股で歩んでくる彼は、たき火にいるユンジェを頭ごなしに怒鳴りつける。
不本意ながら恨みを買っているので、多少の態度には目を瞑るが、鍋に火を掛けるだけで怒鳴られるとは。機嫌でも悪いのだろうか?
「なにって、塩を炒っているんだけど……固まったままじゃ使いにくいから」
片手鍋を揺すり動かす。よしよし、塩が崩れてきた。
「あ、米粒を貰うの忘れた。しまったな」
それに反応したのはティエンであった。
「そういえば、ユンジェはよく塩袋に米粒を入れているよな。どうしてだ?」
「塩が固まらないようしているんだ。米粒が湿気を吸って、乾燥の状態を保ってくれるって爺が言っていた」
「あれには、そういう意味があったのか。なるほどな」
和気藹々とした会話は、ハオの唸り声によって止められる。話を聞け、らしい。ユンジェは答えたつもりなのだが。
「だから塩を炒っているんだって。悪いことは何もしていないぜ? たき火を使う許可も貰ったし」
「俺が聞きたいのは、ピンインさまのことだ!」
ユンジェはティエンに視線を投げる。彼は大根の皮を手早く剥き、一口に切っていた。
「ティエンなら、野菜を切っているけど」
「馬鹿か!」
「なんで?」
間違ったことは言っていないのに、馬鹿呼ばわりされてしまった。意味が分からない。
「お前は療養中の王子を連れ出して、何をさせているんだよ! 刃物まで持たせて、危ないだろうがっ」
王子は刃物を持ってはいけないのだろうか。
ユンジェは肩を竦め、彼なら大丈夫だと返した。ティエンは刃物の使い方に慣れている。滅多なことでは手を切らないだろう。今の彼は野菜は勿論、魚や肉だって捌ける。
しかし。ハオは食い下がってくる。王族にさせるようなことではない、と訴えてきた。やるならユンジェ一人でしろ、とのこと。
口やかましい奴だ。
ユンジェは横目でハオを見やり、ティエンに声を掛ける。まだ何も言っていないのに、嫌だと返事した。本人がこう言ってしまえば、ユンジェにはどうにもできない。
「嫌だってさ。諦めてよ」
嘆くような、唸るような、そんなハオのため息が聞こえてくる。
「ピンインさま。それは下々にお任せ頂けませんか? 俺が代わりにしますので。ああっ、お願いですから余所見はしないで。御手を切ってしまいます!」
血相を変えて刃物を自分に渡すよう願い申し出るハオに、ティエンが疎ましそうに目を細めた。くるっと背を向け、彼の目から逃げてしまう。
なおも、移動して刃物を置くよう指示する彼は、ティエンが大根を切る度にひっ、と情けない声を出した。
思わず笑ってしまう。心配せずとも、ティエンなら大丈夫なのに。
「どうしたんだ。ハオ」
「あっ。カグム、丁度良かった。このガキがピンインさまに、野菜を切らせているんだ」
気付くと、ちょっとした騒動になっていたようだ。
周りを見れば、野次馬の兵が集まっている。それの代表でやって来るカグムに、止めてやってくれとハオが泣きついた。
「はあ……元凶はユンジェか。頼むから、仕事を増やさないでくれよ」
難しい顔を作るカグムに、ユンジェはとうとう声を出して笑ってしまった。
彼らはティエンに大人しくしてもらいたいようだ。
その方が手も掛からず、仕事も円滑に進むからだろう。やはり、兵達は王子を荷物として見ているようだ。
遺憾なことに、ピンイン王子は生かされている人間ではない。自分で生きようとする人間だ。そう物事は上手くいかない。
「ティエンは教えれば、何でもできるんだぜ。すごく頼りになるんだ。俺はいつも助かっているよ」
野菜を切り終わったティエンが、塩を貰いにユンジェの下へやって来る。
その顔はご機嫌であった。兵達を困らせている、この現状が楽しいらしい。性格の悪い奴だ、しかし気持ちはとても分かる。
ティエンと目を合わせ、また一つ笑った。