ティエンが農民として振る舞うことは、彼の言う通り、間諜の兵士達に戸惑いを与えているようであった。
それが顕著に出たのは夕餉である。
王族のティエンの食事は大層、豪華なものであった。野菜に彩られた魚の蒸し煮。漬物と肉の炒め物。豆の団子に、盛られた美しい果実。
米の粥が出るだけでも、ユンジェは生唾を呑んでしまうというのに、その品々の数に圧倒されてしまう。
到底、怪我人が食べられるような量ではないのだが、これが普通だそうだ。寧ろ、お粗末な部類に入るらしい。
(うそだろ。これだけで三日分はあるのに、お粗末なのかよ)
ユンジェは王族の食事の贅沢さに目をひん剥いてしまった。
勿論、これはティエンのための食事であって、ユンジェの分はない。
王族と農民の区別をきっちりと付けているようで、カグムから「お前の分は後で持ってくるから」と、言われた。
けれども、農民を名乗っているティエンは、当たり前のように、これらの食事を拒んだ。
なんて勿体無いことを、顔色を変えるユンジェだが、彼の主張は一貫している。
「私はユンジェと同じ食事を口にします。これらはどうぞ、あなた方でお召し上がり下さい」
ティエンなりの抵抗なのだろう。
王族の利用を目論む輩達に、冷たく微笑んだ。説得されても、まったく応じようとしなかった。
その結果、ユンジェは初めて王族の食事を口にする。
彼が自分と同じ食事しか食べないと言い切ったので、兵士達がこのような策に打ってきたのである。
ユンジェは大喜びしたが、お付きの兵士達の顔はやや疲労していた。よほど、身分を重んじているらしい。大変だな、とユンジェは内心で同情した。
「ティエン。何が食べたい? 取ってやるよ」
「私は米粥だけでいい。ユンジェの好きな物を食べなさい」
しかし、彼は米粥も進んでいなかった。食欲が戻っていないのだろう。
また、天幕の内に兵士が待機している。
あれの存在がティエンの食欲を削いでいるようだ。近衛兵達に襲われた過去がある彼は、兵を見る度に顔色を悪くしている。
そこでユンジェは果実から白梨を取り、備え付けの刃物で皮を剥いてやる。
「一口に切ってやるから、これを食べなよ。白梨なら食えるだろ? しっかり食えとは言わないけど、もう少し口しておかないとお前、ぶっ倒れちまうぞ」
取り皿に切った実を差し出すと、ティエンは米粥を置いて、それを食べ始めた。
あっという間に平らげてしまう彼は、おかわりをねだってくる。意外と食欲はあるのかもしれない。
兵士達からあまり良い顔はされなかったが、ユンジェは気にせず、二個目の白梨の皮を剥き始める。
おおよそ、農民がしゃしゃり出るな、とでも思われているのだろう。知った話ではなかった。
「失礼します。新しい茉莉花茶をお持ちして……あっ、貴様は!」
新たな兵士が天幕の内に入ってくる。それが此方に向かって、引きつった声を出したため、ユンジェは顔を上げた。
そこには藍色の髪をした男が、御盆を持ったまま、片頬をひくりと痙攣させている。後ろ一つに結っている三つ編みまで、ぴくぴくと動いているように見えた。首には包帯が何重にも巻かれている。
ユンジェの顔を見るや、怒りを見せる彼はハオというらしい。首に巻いた包帯と、その様子からして、まず間違いないだろう。
「お前はあの時のクソガキっ。よくも、俺を煙たい家に閉じ込めやがったな!」
やはりそうか。
このハオこそ、ユンジェが鍬で殴り飛ばし、家に閉じ込めた男なのだ。
ハオが忌々しげにユンジェを睨んでくる。あれの恨みは強いらしい。痛い思いをさせてしまったのは申し訳なく思うが、ユンジェにも言い分がある。