「これは?」

「麒麟の加護だ。私はようやく一人前の王族になれたようだな。十八年掛かってしまったが」

 十八年前に宿ってくれたら、どれだけ良かったか。彼は吐息をついた。

「麒麟は王族に加護を与え、国を守るよう使命を授ける。その王族の所有する懐剣を、お前は抜いてしまった。お前は所有者に関わる使命を、麒麟から授かったんだ」

 麒麟の心魂が宿った懐剣は、麒麟の使命に合わせて力を発揮し、時に麒麟そのものが天から降りてくると云われている。

 ユンジェは麒麟に選ばれた。その小さな背中に使命を授かった。所有者を守護する、という大きな使命を。

 その肩書きは麒麟の使いだと、ティエンは静かに語った。

(使い、ね)

 では、先ほどカグムの短剣を簡単に折ってしまったのは、剣を向けてくる輩から所有者を守るために力が発揮されたのか。ユンジェは懐剣をいつまでも見つめる。

「昔、カグムがこれ半分ほど抜いたことがあった。だが途中で気分が悪くなり、すべてを抜くことは叶わなかった」

 似た経験をしているユンジェは、胸に秘めていた冬の日の行いを告白する。

「じつは俺も、お前に黙って半分くらい抜いたことがあったんだ。でも気分が悪くなってやめちまった」

 ユンジェは夢で見た麒麟を思い出す。

 あれは、使命を与えようとしていた。しかし、与えようとするだけで強制はしなかった。受け取るかどうかは、本人の意思に委ねている様子であった。

 あの時のユンジェは戸惑うばかりで、使命について深く考えたことはなかったが、懐剣を抜いた今なら分かる。 
 抜くためには、それ相応の大きな覚悟が必要だったのだ。責務を果たすことができるかどうか、それを麒麟は見抜いていたに違いない。

「俺はこれを抜く時、絶対に死ねないって思ったんだ。俺が死んだら、お前はひとりになる。約束が守れなくなる……って。最後まで巻き込めって言ったのは俺なのに、死んだら元も子もないもんな」

 ユンジェの強い意思と覚悟が、懐剣を抜く力に変えたのだろう。

「俺が麒麟に与えられた使命はお前を守り、生かすこと。お前を守護する懐剣になることだ」

 麒麟はティエンに生きてもらいたいのだろう。
 その証拠にカグムに切られ谷から落ちた時も、タオシュン達に追い詰められた時も、荒れ狂う急流に落ちた時も、麒麟は天から降りて手を差し伸べた。すべてはティエンを生かすために。

「俺もティエンに生きてほしい。お前が呪われた王子だろうと、周りが死ねと願おうと、俺はお前に生きてもらいたいよ」

 見つめてくるティエンの目が小さく笑う。