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「お前は馬鹿だな、ティエン。自分から進んで、農民になろうとするなんて。高い身分にいる方が絶対に得するのに」
ユンジェはティエンの包帯を替えていた。
勝負を引き分けに持ち込めたおかげで、今も王族の天幕に留まることができている。
もっとも、カグムに押し負けたティエンは、自分の不甲斐ない腕に憤りを感じているようだ。仏頂面を作ったまま口を開こうとしない。
またティエンに押し勝ったカグムは、天幕の外で待機している。
彼は元々包帯を替えに来たのだが、ティエンが強く拒絶したため、そのお役をユンジェに任せた。
替え終わったら声を掛けてほしい、と困ったように笑う姿は、到底ティエンの命を狙った者とは思えない。
甲斐甲斐しく世話を焼いてくれた、優しいカグムしか知らないユンジェなので、命を狙った話が俄かに信じられずにいる。
しかし。ティエンが嘘を言っているとも思えない。二人の間に一体、何が遭ったのだろうか。
「王族と農民は一緒に寝ちゃいけないんだな。失礼になるなんて知らなかったよ。出逢った頃のお前が、俺を寝台に上がらせなかったわけだな」
重い空気を晴らすため、ユンジェは思い出話を始める。
今となっては笑い話だが、彼に出逢った当初は、一つしかない寝台を占領されていたものだ。
なんで家主の自分が冷たい床で寝なければいけないのだと、あの頃は毎日のように頭を抱えていた。
あれは単なる我儘でなく、ちゃんと理由があったのだ。
「なあ、ティエン。俺を気遣わなくてもいいんだぞ。お前は俺と違って農民じゃない、王族ってやつなんだろう? だったら、それに戻るべきだと思う。ピンイン王子って呼ぶべきか?」
古い包帯の結び目を解いていると、ようやくティエンが口を開いた。
「それは一年前に死んだ。いや、殺された、というべきだろうか。ユンジェ、私は王族であって王族ではないんだ。誰もが私の命を狙い、亡き者とする。消えて欲しい存在なんだ」
ユンジェは生々しい矢の痕を見つめ、彼の言葉を反芻する。
けれど、一抹も理解ができなかった。分かることはティエンが消えて欲しい存在、ということだけ。
それについて深く追究したいところであったが、ユンジェは口を閉じることにした。話はすべてを聞き終えてからだ。
「私は麟ノ国第二十代クンル王の血を継ぐ者、第三王子ピンインという。お前に分かりやすく言えば、土地を統べる者の子どもだ。ユンジェ、お前は国というものが分かるか?」
首を横に振る。町や森は分かるが、国は分からない。
「簡単に言えば、広い土地だな。町や森よりも、もっと広い範囲を指す。お前が生きているこの地は、四瑞大陸の一つ、麟ノ国と呼ばれている場所なんだ。そして、その国を統べている者達を王族という」
四瑞大陸には四つの国があり、それらは各々、瑞獣と呼ばれる霊獣に、守られているとティエン。
麒麟が守護する麟ノ国。
鳳凰が守護する鳳ノ国。
霊亀が守護する亀ノ国。
応竜が守護する竜ノ国。
この四つを総じて四瑞大陸と呼び、ユンジェがいる場所は麟ノ国だと説明してくれた。
その中に、ユンジェの暮らす森や町が含まれているのだという。
聞き慣れない言葉ばかり並ぶので、理解するのに時間を要してしまったユンジェだが、どうにか話をかみ砕いていく。そして、なるほど、と一つ頷いた。
「つまり。麟ノ国は王族のもので、それに森や町、畑が含まれているんだな。地主よりも、ずっとずっと偉いんだな」
「ああ。そんなところだ」
ティエンは語る。
麟ノ国第三王子として生まれた自分は、呪われた王子として周囲から疎まれ、忌み嫌われていた。幼少は離宮で幽閉状態であった、と。
「私は呪われていた。生まれたその瞬間から」
代々王族はこの世に生を受ける子のために、麒麟の体毛に似た黄玉(トパーズ)を捧げる。
それは国を守護する麒麟への貢ぎ物。受け取った麒麟は己の霊気を黄玉に宿し、国を統べる王族に加護を与え、それを預ける。
そして、この世を去る時に、黄玉を麒麟に返上するとされている。
ティエンもそうなるはずであった。
「しかし、私が誕生した時、捧げた黄玉は砕け散ったそうだ。幾度繰り返しても同じ。加護は与えられなかった。周囲は恐れた。この子どもは麒麟の逆鱗に触れているのだと」
ティエンが誕生してからというものの、国に不幸が続いた。
雨量不足による渇水。それに伴った大飢饉。流行り病の多発。貧しい土地では戦が起きるようになり、国内は荒れた。
いつしか皆が皆、口にするようになる。この子どもは国を亡ぼしかねない、と。
幽閉されて育ったティエンは、いつ処刑されてもおかしくない状況下にいた。国の内情が父王の怒りに触れたのだ。これのせいで国は不幸になる。それが口癖だった。
なおも、処刑されなかったのは、得体の知れない呪いを恐れたからだ。
「私が病になる度に、周りは喜んだものだ。早く死んでくれと、陰口を言われたよ。だが、私はしぶとかった。体が弱いくせに、いつも生きながらえる」
表向きでは優しく接してくれる侍女達も、守る近衛兵達も、陰ではティエンを恐れ、早くどうにかしてくれないかと口ずさんでいた。皆、ティエンの死を望んでいた。