カグムが礼を告げてきた。
彼は仲間と一年間ピンイン王子を探していたのだと、話してくれる。感謝をされることは悪い気持ちではないが、ひとまずカグムには言っておきたいことがある。
「……俺、ユンジェっていうんだけど」
坊主ではない。
不満気に言うと、カグムが大笑いした。すまんすまん、と片手を出してくる。
唇を尖らせて不貞腐れ面を作っていたユンジェだが、カグムが盗み聞きしていた自分の姿を見ていた、という発言に時間差で驚いてしまう。
では、あそこで感じた悪寒がするような視線はカグムだったのか。
「俺は盗み聞きするお前が間諜だと怪しみ、町を出るまでつけていた。妙な動きを見せれば、速攻で捕らえるつもりだったんだが……お前は賢かった。おかげさまで、余計に怪しんだよ」
ユンジェには間諜という意味が分からない。しかし、なんとなくカグムが言いたいことは分かったので、それに答えた。
「だって。あそこで俺が取り乱せば、王子の行方を知っていると言っているようなものじゃん。俺が捕まれば、あいつのことを喋らされるだろうし、あいつも危なくなる。それだけは避けたかったんだ」
「自分だけ逃げる、という考えには至らなかったのか?」
「俺があいつを拾ったのに、最後は見捨てて終わり、なんて後味悪いじゃんか」
そんなことができるなら、まず彼を拾っていない。ユンジェはきっぱりと言いきった。
「じゃあ、もう一つ。じつはお前の家に向かった、兵の中に俺達の仲間がいた。隙を見て、ピンイン王子を保護するつもりだったんだが、途中で邪魔が入り、家に閉じ込められた」
ありゃ。ユンジェは冷汗を流し、目を泳がせた。それの邪魔をしたのは、まぎれもなく自分である。
「あ、あれは仕方がなかったんだぞ! あいつ、顔に怪我をしていたし……取り押さえられていたから、その、はやく助けなきゃと思って」
語尾が萎んでいく。
どう言い訳しようが、カグムの仲間を鍬で殴り、家に閉じ込めた事実は変わらない。後で謝罪しなければいけないだろう。
しかし、カグムは詫びの言葉を聞きたいわけではなく、ユンジェに疑問をぶつけてきた。
なぜ、あの時、家で火を焚いたのかと。
それも仲間に聞いたのだろう。
真剣に尋ねてくる彼に、ユンジェは首を傾げた。そんなの決まっているではないか。
「不意打ちと、敵の数を減らすためだよ。大人に真っ向から勝負して勝てるわけないじゃんか。雨の日に家から白煙が出ていたら、誰かが様子を見に来るだろ?」
そこにユンジェの、さも今、帰宅した台詞をつければ、必ず様子を見に来る。
あの場にいた大人は三人。ティエンは二人がかりで押さえつけられていた。必然的に一人で来ると計算ができる。
「大人は強い。そこに纏まった数がいたら、力のある厚い壁だ。だから、数をばらけさせたんだ。大人一人相手に不意打ちでなら、俺でも勝てるしね」
説明に耳を傾けていたカグムが、小さく噴き出す。
何もおかしいことは言っていないというのに、彼はユンジェを恐ろしい子どもだ、と言って笑いをかみ殺す。
そんなカグムの言葉こそ、ユンジェはおかしいと思ってならない。
「恐ろしくも何もないじゃん。俺はあいつと逃げるために、自分にできることを考えただけだよ。カグムだってピンイン王子を助けるために、敵にまぎれようと考えたんじゃないの?」
「俺は間諜という役目があって、敵兵にまぎれていたんだ。けどお前は違う。普通ガキってのは、兵三人相手に、考えて立ち向かおうとしないんだよ」
それをやってのけたユンジェは勇敢であり、無謀な奴だとカグム。褒められているのか、貶されているのか分からない。
ただ、これだけは言える。
「そうしないと、あいつと逃げられなかったから、そうしただけ。べつに立ち向かったわけじゃないんだ。俺は弱いしね」
するとカグムは、まなじりを和らげ、感心したように小さく頷いた。
「己の力量を知っているお前は、やっぱり賢い奴だよ」
末恐ろしいガキだと、いつまでも笑っていた。