ユンジェは平伏してくる従僕や侍女に声を掛け、近場の部屋に入る旨を伝えた。
 突然の申し出に、みながみな、呆けた顔を作っていたが、一言断ったのでユンジェは無遠慮に部屋の扉を開けて飾壷の底を覗いた。
 あれば頭から突っ込み、壷底に何かないか。なければ、部屋の構造と場所を頭に叩き込んだ。

「んっ?」

 八つ目の部屋で探索をしていた時だった。ユンジェは珍しいものを見つけた。

「チャオヤン。チャオヤン。この石はなんだろう?」
「石?」

 その部屋は穀物や酒を貯蓄している倉庫であった。
 飾壷なんて到底ありっこないだろうが、つい好奇心が優ってその部屋に足を踏み入れた。そして、なんとなしに麻袋の中を覗いていた時に石の詰まった袋を見つけたのだ。

「ここって食い物部屋だよな? ……石って食べられるのか?」

 だったら、とてもまずそうだ。
 顔を顰めるユンジェをよそに、チャオヤンは石を一つ手に取った。

「岩塩……か?」
「がんえん? それはなに?」

「岩の塊をした塩のことだ。麟ノ国では、あまりお目にかかれない。きっとこれは舶来品だろう。ここ青州に入ってくることがあるからな」

「塩ってことは、食べられるの?」

「ああ。これを削れば、立派な塩になる」

 岩の塩。想像もつかない。
 首を傾げるユンジェは、チャオヤンの目を盗んで懐にそれをしまった。食べられる岩なら、旅で役立つかもしれない。(じじ)の教えで盗みは悪いと知っているものの、今は生きる方が先決だ。大切に取っておこう。

 また、しばらく屋敷を探索していると、飾壷の中から妙なものを見つけた。
 その部屋は、衣を仕舞っている部屋で、とくに目新しいものはない。あるのは衣を仕舞っている箪笥や簪といった装飾品ばかり。飾壷もあったが、他の部屋に比べて大きなものではなかった。せいぜい花瓶ほどの大きさであった。

 ユンジェは小さな飾壷を覗き、きゅっと眉を潜めた。無造作にひっくり返すと、そこから、さらさらとした黒い粉が落ちてくる。

 はて、これは何だろう? 砂にしては黒すぎる。

「チャオヤン。これは何だと思う」

 両手ですくい上げ、チャオヤンに見せる。彼はそれをつまんで、指の腹で擦りつけた。

「木炭を粉にしたものか……まさか、さっきの石は岩塩じゃなく……」

 ユンジェに黒い粉を手放させると、チャオヤンは険しい顔のまま兵士を呼びつけた。

「今すぐ屋敷内の飾壷をひっくり返せ。いいか、すべてひっくり返せ」

 どうやら大層な物を見つけてしまったらしい。もう少し、屋敷内を歩き回りたかったのに。

(まさか、本当に壷底から物が見つかるなんて。様子から察するに、セイウの身に危険を及ばせるものみたいだけど……ティエン同様、セイウも命を狙われやすいのか?)

 ユンジェは両手に付着した黒い粉を払う。

 手が真っ黒になってしまったので、衣でそれを拭うと、おもむろに飾壷を掴んで床に叩きつけた。衝撃で割れる飾壷の音で、傍らにいた従僕や侍女の顔色が変わるが、ユンジェはお構いなしに言うのだ。

「いっそ壊した方が早いかもしれないよ」

 そうすれば、飾壷に物を隠される物騒沙汰も繰り返されることはないのでは?

 ユンジェの素朴且つ大胆不敵な意見は、屋敷内に大騒動を巻き起こす。

 チャオヤンの指示の下、兵士らが本当に飾壷を壊し始めたのだ。まさか己の意見が通ると思わず、ユンジェの方が驚いてしまう。屋敷の主である将軍グンヘイも、この騒動を聞きつけ、何をしているのか、と怒鳴り散らしていた。私物を壊されるのは心外なのだろう。

 だが、チャオヤンは徹底していた。飾壷を壊し、その中身を調べるよう兵士に声を張っていた。主君を守る、その一心だった。

 やがて騒動はセイウの耳にも届く。彼は一連の知らせを聞き、迷わずチャオヤンに命じた。


「見つけた木炭の粉には水を撒き、石はすべて回収しなさい。そして、リーミンを私の傍へ連れて来なさい。あれは王族が傍にいなければ、懐剣を抜いてもただの子ども。力を引き出せる私の傍に置きなさい」


 こうして、ユンジェはセイウの下へ連れて行かれる。束の間の自由であった。もっと、この足で屋敷をうろつき回り、隈なく構造を目に焼き付けておきたかった。

 けれども。少しでも嫌がる素振りを見せれば、今後の行動を狭めてしまいかねない。
 ここは従順になるべきだろう。いや、どちらにしろ、今のユンジェに逆らう術はない。その証拠に客間に入るや、足が勝手に主君の下へと向かってしまった。どこまでも犬畜生のような姿だと、心のどこかで嫌悪する己がいた。

 さりとて。まだユンジェの心は残っていた。だからこそ、従順になる己の姿に嫌悪する自分がいるのだろう。

「セイウさま。やはり、あの石は硝石(しょうせき)でございました」

 主君の足元に座ろうとしたユンジェの前に、わらわらと侍女らがやって来る。
 彼女らは、身を汚してはいけません、と言って手早く織細やかな敷物を引いた。その上に座ったところで、すらっとした腕が伸びてくる。視線を持ち上げると、セイウがヒトの髪を指先で巻いて軽く弄っている。その美しいかんばせはとても険しい。瑠璃の眼はチャオヤンの差し出した石を鋭く睨んでいる。

 そんなに物騒な代物なのだろうか。
 ユンジェは興味津々に硝石(しょうせき)を見つめる。