だとしたら、優先的にユンジェは主従の儀を交わした王族に従うことだろう。血で繋がった儀は、培った見えない絆よりも、ずっと、ずっと重い関係なのやもしれない。


 だったら、ティエンもいずれ主従の儀をユンジェと交わすべきなのだろうか。あの子を守るために、ユンジェを下僕にするべきなのだろうか。


(あの子は私と関わることで、どんどんと不幸になっていく気がしてならない。これも私の呪いのせいなのだろうか)


 もう何が正しい判断なのか、ティエンには分からない。

 ふと隣の草花が揺れた。そっと目を動かすと、サンチェが胡坐を掻き、持っていた水袋をティエンに差し出す。


「水。飲みなよ。落ち着くと思うぜ」


 半ば水袋を押し付けられる。

 困惑していると、「助けてくれてありがとう」と、前触れもなしにお礼を言われた。先ほど、ユンジェに襲われた時のことを言っているのだろう。ティエンはかぶりを横に振った。

「サンチェ。お前には謝らなければならない。ユンジェが……私の弟が、ひどいことをしたな。本当にすまない。あの子の分まで謝らせておくれ。サンチェには怖い思いをさせてしまった」

「べつに気にしてねーよ。ユンジェが正気でなかったことくらい、ガキの俺でも分かったし」


 それよりも。
 子どもはティエンをそっと見上げた。


「あんたは大丈夫なの? ユンジェのこと、矢で射ただろう? ……俺のせいだよな。ごめん」

「お前が謝ることじゃないさ。ああでもしないと、ユンジェを止められなかったからな」


 あの時、ユンジェがサンチェを刺してしまえば、あの子はいつまでも罪悪感を背負うことになる。以前、自分のことを『人殺し』だと言っていた子どもだ。その心の負担は想像もつかない。

「サンチェ。どうか、ユンジェのことを嫌いにならないでおくれ。あの子がああなってしまったのは、すべて王族のせいであり、私のせいなのだ。本当は心優しく賢い子なんだ」

 するとサンチェは軽く笑声をもらし、「どうして嫌うんだよ」と、軽くティエンの脇腹を小突いた。

「俺だって初対面のユンジェにひどいことをしたんだ。あいつの身ぐるみを剥がそうとした。そんでも、ユンジェは俺や俺の家族を守ってくれた。俺らのことをあんま責めることもなかった。優しい奴だってことはとっくに知っているさ」

 そんなユンジェを、サンチェは友達だと思っていると、つよく謳う。


「俺さ。ユンジェに言ったんだ。兄さんと再会できたら、兄さんも一緒に俺らと暮らさないか? って。俺らの家族ってガキばっかだから、まとめられる人間がほしくてさ」


 いや。こんなの建前だ。
    
 本音はもっと、もっと、ユンジェのことを知りたい。繋がっていたい、と思う自分がいる。
 あれはとても賢く知恵がある。その一面を見る度に、悔しかったり、すごいと思ったり、対抗心を燃やす自分がいたり。一喜一憂してしまうのだと、サンチェは語った。


「だから、さっきのユンジェを見て……悲しくなった。元のユンジェに戻ってほしくて先走った行動をしちまった。ごめんな。俺が走らなきゃ、あんたは矢を放たなくて良かったのに」


「サンチェ」


「安心してよ。俺はユンジェに対する気持ちは、なに一つ変わっていないから。あんたこそ、ユンジェに対する気持ちを変えないようにしてくれよ。俺にはあんた達の難しい事情とか、そんなの分からないけど……きっとあんたの想いは間違っていないと思うんだ」

 下僕より家族の想いを取ったティエンは、なに一つ間違っていない。サンチェはハッキリとティエンに伝えた。


「俺だって、チビ達を下僕にするなんて、そんなの……建前でも出来ないや。下僕にすることで守ることができたとしても、俺は俺が嫌いになりそう。もっと別のやり方で守れたんじゃないかって。ティエン、まだユンジェを下僕にするべきかどうか、結論を出すのは早いと思うぜ。それが正しい答えかどうかなんて分かんないじゃん」