天から降りてくる麒麟と共に走る、そのすばしっこい体躯は、だいの大人でさえ追いつかない。いとも容易く、懐に潜り込んで斬り捨てられるやもしれない。カグムは幾度も、その光景を目にしている。

「俺達は主従の儀を受けていない、懐剣のユンジェしか知らない。セイウさまと主従の儀を交わした懐剣のリーミンが、どこまでお役を果たそうとするのか……正直、俺はユンジェと再会するのが恐ろしいよハオ」

 おおよそ、懐剣のリーミンは心を捨て、赴くまま使命を果たそうとする。

 心を捨てた人間は、どこまでも非情になれる。刃を振り翳すことに躊躇いがなくなり、結果的に大きな強さを得る。
 ユンジェがそうなっていたとしたら、ああ、考えるだけでも恐ろしい。カグムは唇に当てる指を噛んだ。

(ユンジェは心を失うことを恐れていた。そうならなければ良いが……)

 子どもを思うと、哀れみの念を抱く。

「あいつは俺達の脅威になりかねない。が、ユンジェにも弱点がある」

 ハオが結っている髪の紐をほどき、それを口に銜えて、三つ編みを結い直し始めた。

「王族か」

「そうだ。麒麟の使いが、唯一刃を向けられない相手。それが同じ麒麟から使命を賜っている王族だ。ユンジェはティエンさまに刃(やいば)を向けられない。ティエンさまなら、ユンジェをユンジェとして戻せるだろう」

 理想は第二王子セイウに見つからないようユンジェを見つけ出し、ティエンが正気に戻させることだ。
 懐剣リーミンである以上、カグムとハオは不要に子どもに近づけない。敵だと見なされ、斬り殺されては敵わないのだから。

 ふと、そこで疑問が浮かぶ。

「ハオ。もしも王族同士が敵意を向けあったら、ユンジェはどちらにつくと思う?」

「あ?」

「いや。ユンジェは敵意や悪意のある人間に刃を向けるだろう? だが、王族にそれはできない。なら、所有者同士が敵意を向けあったら、どうなるのかと思ってな」

 主従の儀を交わしたセイウ王子につくのだろうか。
 それとも、ティエンの懐剣を持つ、ピンイン王子につくのだろうか。

 カグムは思慮深く考える。
 先日、第一王子リャンテとティエンの会話で、自分は『黎明皇(れいめいおう)』という単語を知った。話を聞く限り、それは王位継承を持つ王族らの中で決める『王』で、新たな時代をつくる者だとか。

 王の中の王が新たな時代、すなわち黎明期を起こす。それが黎明皇。


(ティエンさま、セイウさま、そしてリャンテさまが、麒麟の休み場である天降(あまり)ノ泉に集っている。もう始まっているのか? 王の中の王を、黎明皇とやらを決める戦いが……始まっているのか?)


 ユンジェがしきりに、天降(あまり)ノ泉へ行こうと言っていたのは、そのため?


(ユンジェは王族が討てない。懐剣の所有者となった王族を討てるのは、同じ権利を持つ王族だけ。ならティエンさまは……ピンインは、いつか……リャンテさまや、セイウさまを討つことになるのか?)


 それが王の中の王を決める戦に繋がっていくのだとしたら……これは麒麟の導きによる、必然的な衝突なのだろうか。深読みだろうか。カグムには分からない。