「このままだと、トンファが売られちまう。他のガキ達と一緒に、将軍グンヘイの財の一部になっちまう。そんなの俺は嫌だ。俺達は家畜じゃない。物でもない。大人の頼りを失った、里の連中とおなじ人間だっ」

 どうして自分達が、こんな扱いをされなければいけないのか。里の連中と同じ扱いをされないのか。自分にはまったく分からない、とサンチェは熱く訴えた。

「ユンジェだってそうだろ? あいつは懐剣とか、よく分からないこと言われてるし、大人は物として扱っているけど……俺とおなじ人間だっ。財でも物でも懐剣でもねーよ。」

 サンチェは言う。
 自分は里の案内役を買う。小柄な体躯は、兵士の見張りを掻い潜り、ユンジェやトンファ達の居所を掴むことだって出来る。大人にはできない仕事をこなすはずだ、と。

 懸命に交渉を取り付けてくる、初々しい姿にティエンは目を細め、そっと瞼を下ろす。サンチェは初めて大人と交渉をするのだろう。時折、呼吸を置いて言葉を選んでいる。

(あの子だけではないのだな。物として扱われているのは……この国に何人の子どもが、そのような理不尽な扱いを受けているのだろうか)

 そんな子ども達が強く生きようとしている。大人の理不尽に抗おうとしている。ならば。

「分かった。サンチェ、その交渉に応じよう」

「ほんとか?」

「ただし。あくまで、お前は案内役だ。怪我を負っている身も考慮し、お前の行動範囲は私の方で決めさせてもらう」

「え? あんたが決めるの?」

「怪我人が無理をすると、足枷になりかねない。せっかくの好機すら逃すやもしれない。案内役を買うならば、この条件を呑んでももらいたい」

「条件を破ったら、手助けの件は……」

「お前抜きでトンファとやらを助けに行くよ」

 真顔で言うと、真ん丸に瞠目したサンチェが頬を緩めた。


「あんた。やっぱり、ユンジェの兄さんだ。お人好しなところがそっくりだ」


 ティエンも表情を緩めた。

「では、さっそく準備をしよう。まずは荷の確認だ。あの子はいつも、荷の中身を確認して、いざという時に備えるんだ。今は何を持っていたかな」

 たき火の前で頭陀袋をひっくり返すティエンを、遠い目で見つめていたハオが力なく肩を落とす。


「聞こえは良いけど、ガキのお守が増えるってことは……結局、俺とカグムの負担が増えるってことじゃねーの? カグム、どう思う? カグム?」


 同意を求めようとしていた男は、恍惚にティエンを見守っている。
 彼に何か思うことがあるのだろう。隣にいるハオの言葉すら反応せず、頭陀袋の中身を確認するティエンを見つめていた。


(はあ。どいつも、こいつも、めんどくせーな)


 思うことがあるのであれば、口に出せば良いものを。

 相変わらず、カグムという男は回りくどい。
 ティエンのことを友として心配したり、謀反兵として辛らつに物申したり、急に彼を守る近衛兵になったり……本当に器用なようで不器用な男だ。

(俺が口を出すことじゃねーのは分かってるけど、お前……もう少し素直になるべきだよ)

 目の前のティエンは、カグムの知る弱い第三王子ピンインではない。彼が守っていた王子は、農民の暮らしを経て逞しくなった。それは彼も重々知っているだろうに。

 もしかすると、カグムは農民ティエンと、王子ピンインの温度差に戸惑っているのやもしれない。表向きは成長したティエンを受け止めているものの、心のどこかでは、自分の知らぬ王子の姿に困惑して……いや、やめよう。他人の心に踏み込むだけ野暮だ。

 ハオはかぶりを振り、軽く腕を組んだ。

「カグム。第二王子セイウさま相手に、クソガキを取り戻せると思うか?」

 声音を強めにして声を掛けると、我に返ったカグムが神妙な面持ちを作った。二本指を立て、軽くそれを振る。

「戦力になるのは俺とハオの二人。対して、向こうの兵の層は十や二十どころの話じゃあない。さらに、厄介なのはユンジェが懐剣のリーミンとして、セイウさまの傍にいることだ」

 あれは麒麟からお役を賜った子ども。
 所有者に悪意や災いが降り掛かるなら、身を挺して守ろうと走る。それはティエンであれ、セイウであれ、同じこと。

「今までのユンジェは、ティエンさまを守るためにお役を果たしていた。もちろん、その時のユンジェは脅威。敵に回すと痛い目を見ていた」

 他方、隙も多かった。
 なにせ、ティエンを守るのはあくまで懐剣の子どもひとり。それを相手どれば、ゆめゆめ勝機を掴むのも苦ではない。大勢でかかれば、勝てる相手だと心のどこかで思っていた。

 しかし。

「麒麟の使いに執着するセイウさまが、あれをひとりで戦わせるわけがない」

 必ずや兵士を傍に置き、共に戦わせることだろう。
 そうなれば、どうなるか。カグムがハオに視線を投げる。しかめっ面を作っていた彼は、より一層難しい顔をして吐息をついた。

「クソガキと、王族の兵士をいっぺんに相手にしなきゃなんねーわけか」

「ああ、そうだ。隙なんて毛先もない」

 第二王子セイウの守りに徹底するであろう、懐剣のリーミン。それらを守るであろう、近衛兵のチャオヤンや兵士ら。守りは完璧だ。一抹の勝機さえ見えない。

「下手をすれば、俺やハオはユンジェに敵とみなされる可能性がある」