「もちろんだ。あの子は私の大切な家族だからな。お前の厚意を無下(むげ)にするようなことは絶対にしないさ」

 サンチェがじっとティエンを見つめる。彼は自分の顔を見て、軽く首を傾げた。

「ユンジェと全然似てないけど、やっぱり二人は兄弟なんだな」

 目を丸くしてしまった。その意味は?

「なんっつーか雰囲気が似てる。ユンジェって話していると、『こいつがいるなら何とかなる』って思わせるんだけど、あんたもそんな気持ちにさせてくれる。頼れるところがすごく似てる。あいでっ!」

 ティエンを指差していたサンチェの頭に拳骨が入った。
 犯人はハオである。何をするのだ、と涙目になるサンチェに、「無礼も程ほどにしとけ」と、顔を引きつらせた。

「ピンイン王子に向かって『あんた』呼ばわりはやめろ。この方は王族なんだぞ」

「でもユンジェは自分のことを農民って言ってたぞ? じゃあ、兄さんも農民じゃないのか? 王族にしてはみすぼらしい格好をしているし」

「事情があんだよ事情が。とにかく無礼な振る舞いをしてると、はっ倒すぞ」

「良いのだハオ。私はもう王族を捨てた農民なのだから。なにより、サンチェは大切な恩人だ。振る舞いをとやかく言う必要はない」

「いいえ。それはそれ、これはこれですので」

「事情ねえ……まあ、あんたが王族と言われるより、信じられそうな綺麗な顔はしているけど」

「こっ、このガキ。助けた奴に、そんなことを言うか? あ?」

「それはそれ。これはこれだよ。三つ編み男」

 うぇっと舌を出すサンチェに、ハオの短い堪忍袋の緒が切れる。
 こめかみに青筋を立て、握り拳を作る彼は、小生意気なサンチェにふたたび拳骨を入れた。が、それは叶わなかった。彼の胴にリョンが貼りつき、やだ、と泣きついたのである。

「さ、サンチェお兄ちゃん。叩かないで。怪我してるの。痛い痛いなの」

 涙目の幼子の訴えにハオが言葉を詰まらせる。

「……おかしい。俺が手当てしたはずなのに、なんで俺が悪者になってんだ? 理不尽だろ。ああっ、お前は泣くな。まだ叩いちゃねーだろうが」

「りょ、リョン。泣いてないもん」

「大人のくせに、子どもを泣かせるなんて、わーるいんだ」

「てめぇはもう黙っとけ。あんま生意気なことを言っていると、苦薬を口に突っ込むぞ」

「そういうあんたは、怒ってばっかだと、すぐ老けるぞ。あ、もう老けて始めてるんじゃ! 眉間に皺ができてるもんな!」

「くっ、クソガキより、ずっとクソガキだな。てめえっ!」    

 頭を押さえつけ、子ども相手にぎゃあぎゃあ大人げなく張り合うハオと、サンチェのやり取りに、少しだけ心が和んだ。こういう光景を平和と呼ぶのだろう。
 ティエンは少しだけ頬を緩ませ、決意を改める。

「サンチェの伝言は確かに受け取った。何が何でもユンジェは取り戻すよ。あの子が私を信じてくれているのだ。助けると信じてくれるあの子の気持ちに、全力で応えたい」

 なにより。ティエンはユンジェと約束を交わしている。二人で一緒に生きようと。

 なのに、自分の命を優先し、あの子どもを第二王子セイウに差し出して逃げる、などティエンには到底できやしない。
 一緒に生きる子どもがいなくて、どうして生きたいと思えようか。

「ユンジェがいない毎日など、私には考えられないよ。生きられる気がしない」

 誰にも聞こえない吐露を、カグムだけは拾っていたようだ。その面持ちは意味深長なものだった。

 それでも先ほどのように、煽るような言い方も、試すような言い方も、何も無い。黙っているのは、彼なりの優しさなのだろうか? それとも……ティエンには分かりかねる。

(問題はどうやってユンジェを取り戻すか、だな)

 ティエンは顎に指をあてる。今すぐにでもユンジェを取り戻したい。
 しかし、先走った行動を取れば、きっと状況は悪化することだろう。慎重にいかなければ。

「まずはユンジェがどこにいるか、把握する必要性があるな」

「それなら、俺が案内するよ」

 サンチェが名乗りを挙げた。
 曰く、里の地形から、将軍グンヘイの居所まで、隅々に把握しているという。日頃から里で盗みを働いているからこそ、分かる抜け道も知っているのだとか。

 嬉しい申し出だがこれ以上、子どもを巻き込むわけにはいかない。彼は怪我を負っている。それは決して軽くはない。

「案内役を買う代わりに、俺の手助けをしてくれ」

 おっと。何やら目論見があるようだ。ティエンは子どもを凝視する。

「将軍グンヘイの下に、ガキ達が捕まっているんだ。その中に、仲間のトンファもいる。あいつを助けたい。あんた達、強いんだろ? 手を貸してくれよ。特にあんた」

 サンチェはカグムを指さした。

「あんた、すごく強かった。少しだけ、剣を嗜んだことがある俺が言うんだ。間違いない」

「ずいぶんと、高く買われたものだな」

 苦笑いを零すカグムだが、実際に腕は相当なものだ。なにせ、ティエンの近衛兵を務めていたのだから。