(少し前は第一王子のリャンテに遭遇した。第二王子のセイウも近くにいる。そして、俺とはぐれた第三王子のティエンも、きっと天降(あまり)ノ泉へ向かっている。王位継承権を持つ三人の王子が、まるで導かれるように泉へ引き寄せられている)


 いや、まるで、は不適切だ。
 自分は夢の中で、瑞獣の麒麟に命じられていたはずだ。

 第一王子を、第二王子を、第三王子を、ひとつの時代を終わらせる新たな王を、麒麟の休み場としている天降(あまり)ノ泉へ向かわせろと。
 そこで麒麟が待っている。そう、瑞獣から云われていたではないか。

 ああ、きっと。天の上にいる麒麟はユンジェを(しるべ)とし、己を介して王位継承権を持つ王子達を集めようとしている。見極めようとしている。懐剣の所持者に相応しい見出そうとしている。現国王であるクンルを差し置いて。

 それは今の時代に思うことがあるのか、あるいは見切ってしまっているのか。

 どのような理由があるにしろ、ユンジェは不安で仕方がない。
    
 ティエンがいない今、自分はいつまでユンジェでいられるのだろう。それどころか、ティエンの懐剣でいられるだろう。ああ、ティエンは無事だろうか。他の王子らと鉢合わせていないだろうか。湧水のように不安が溢れかえってくる。

「ユンジェお兄ちゃん」

 小さな手がユンジェの手を擦ってくる。心配そうに見上げてくるリョンと目が合った。その瞳の中には、情けない顔をしている自分がいる。
 ユンジェは力なく笑みを返すと、セリの束を集め、それをサンチェに押し付けて、ゆるりと立ち上がった。

 衣で懐剣の刃を拭うと、手早く鞘に収め、彼に別れの言葉を送る。

「サンチェ。そろそろ俺は行くよ。はやく兄さんを探さないと。リョンと達者でやれよ」

 性急な別れに違和感を抱いたのだろう。
 サンチェはセリを持ったまま立ち上がり、「何かあるのか」と、そっと尋ねてきた。

 優しくない奴だ。見て見ぬ振りをして、見送ってくれたらユンジェも足軽に別れられるのに。彼は聡い人間だ。挙動のおかしいユンジェの気持ちなど容易に見抜いていることだろう。

 サンチェはどこまでも、ユンジェの思い通りに動いてくれない人間である。まったくもって優しくない。まっすぐ見つめてくる、その目はお節介と心配で溢れていた。

 しかも。彼は一切の遠慮もなくユンジェに言うのだ。

 
「お前が何を考えているのか分からねーけど。手前のツラはつらそうだ。誰かに救ってもらいたいような、そんな顔をしている。そして、それを見逃せって目をしている」


 縁もゆかりもない人間なら、サンチェも極力首を突っ込まず適当に流して終わる。けれど。

「ユンジェ。お前の心に抱えている重たいものは、俺に分けられねーのか? 少しなら持ってやれるかもしれねーぞ」

 腹立たしい調子乗りのくせに、妙なところで兄貴肌を見せる。

 正直、相手をそこまで真っ直ぐ思い、手を差し伸べようとするサンチェの器の広さに、ユンジェは羨望を抱いた。

 彼は自分を羨ましい、妬ましい、そして頼れる存在だと言ったが、一字一句同じことを返してやりたい。彼はユンジェに無いものを持っている。

 ユンジェは唇を小さく震わせるも、喉元まで出掛かった感情を嚥下して、誤魔化すように苦々しく笑う。

「ばか。俺に構っている場合かよ。お前は(ねぐら)までリョンを連れて帰る役目があるだろ。帰ったら、ジェチやトンファと一緒にガキ達に飯を食わせないといけねーだろ? 時間は惜しいんじゃないか? な、リョン。早く帰って、新しい家族と過ごしたいよな?」

 リョンを腕に抱き、衣の袖で頬を拭ってやる。正直な子どもは、うんっと一つ頷いた。

「ほら。リョンもこう言っているんだ。俺のことは気にするなよ」
    
「お前、リョンを味方につけるなんて卑怯な奴だな」

「サンチェにだけは、死んでも言われたくない台詞だぞ。それ」

「はあっ。なんだよ、人がせっかく、お前の願いごとを手伝ってやろうと思ったのに。これでも、お前を振り回した分、ちゃんとユンジェに振り回されてやるつもりだったんだぜ?」

 その気持ちだけで十分だ。心配せずとも、サンチェの想いは伝わっている。
 ユンジェはぶっきらぼうに頭を掻いて、不貞腐れ面を作るサンチェに噴き出す。重たい気持ちが、少しだけ取れた気がした。